福岡が誇る屋台文化をDXでさらに発展させるプロジェクト
河本 屋台DXとは、どのような取り組みなのでしょうか。
甲斐 福岡市を代表する観光資源である古き良き屋台と、最新のデジタル技術を融合し、新たな屋台文化を創造しようと、福岡市とLINEヤフーコミュニケーションズさんと2023年に始まった共働プロジェクトです。
2023年に設立10周年を迎えたLINEヤフーコミュニケーションズ(旧LINE Fukuoka)さんと、2013年制定の福岡市屋台基本条例との10周年コラボレーション企画で始まりました。
2024年の7月にサービス内容を拡充し、あわせて対象エリアを市内の全屋台に拡大することで進化を遂げました。 具体的には、屋台のLINE公式アカウント「FUKUOKA GUIDE」の中で、市内にある屋台の営業状況を確認できるサービスや、生成AIによる対話型の屋台検索機能「AIおいちゃん」といったサービスなどを提供しています。

屋台探しがLINE公式アカウントで便利に
河本 これまでの屋台文化は、どのような課題を抱えていたのでしょうか。
甲斐 屋台は、福岡市を代表する観光資源であり、市民の憩いの場です。美味しいグルメに加えて、店主や他のお客さんとのコミュニケーションを楽しめる場でもあって多くの魅力がありますが、利用者目線では、いくつか課題がありました。
例えば、屋台は天候次第で急な休みになることもあって、営業しているかどうかが行ってみないと分からないところです。また利用者にアンケートを取ったところ、「屋台がたくさんあって、どのお店に入ればいいか分からない」という声もありました。
河本 利用者と屋台とのマッチングがスムーズになりますね。屋台文化を体験するハードルを取り除き、利用者の行動を促進した点が素晴らしいです。利用者や屋台の店主からの、LINE公式アカウントへの反応はいかがでしょうか。
甲斐 利用者からは、LINEで気になる屋台を調べることができて、営業中がどうかもわかるので屋台に行くハードルが下がったという声を聞きます。また、店主の方々からは、自分の屋台に来たお客さんから、他のおすすめ屋台を聞かれることも多いようで、おすすめした屋台が営業していなかったらと考えると紹介しづらかった場面もLINEですぐに確認できるようになって便利になったという声を聞きます。
依田 福岡はイベントが多く開催され、県外からの来訪者も多い地域です。LINE公式アカウントをシェアすれば、来訪者自身が自分の好みに合った屋台を簡単に見つけられますし、地元民も知らなかった、新たな屋台の情報を見つけることができます。また意外だったのは、LINE公式アカウントが新規客だけでなく、常連客からも便利だという声でした。SNSアカウントを持つ屋台もありますが、投稿が不定期になりがちです。そのため、その日お店が営業しているかどうかLINEで確実に分かる点が、好評を得ています。
河本 屋台の営業状況の見える化によって、回遊性が向上していますね。また単に教えるのではなく、来訪者と情報を共有しながら楽しめるのも、屋台文化とLINEの特性がうまくマッチしていると感じました。
依田 リリース後にアンケートを取ったところ、LINE公式アカウントがきっかけで屋台に行きたくなった人が多いことが分かりました。営業状況や屋台情報を見える化することで、新しい利用者の需要を喚起できたと感じています。
見た目は普通の電球!?IoTとLINEで屋台の営業状況を見える化
河本 営業状況の見える化のために、どのような仕組みを導入したのでしょうか。
甲斐 各屋台に、電球内にSIMが内蔵された「Hello Light」というIoT電球※を設置しています。屋台の店主が営業開始時に屋台の電球をつけると、通電時にSIMから情報が発信され、LINE公式アカウント上で営業情報を表示する仕組みになっています。
※IoT電球はハローテクノロジーズ株式会社(本社:東京)の特許製品で、電球1つで基地局と通信できるSIMを内蔵しています。

電球内にSIMが内蔵された「Hello Light」
河本 見た目は普通の電球ですね。電球をつけるだけで営業状況を発信できるのは、シンプルでいいですね。
甲斐 屋台の店主は営業準備だけでも大変で忙しいので、店主にいかに負担をかけないかがポイントでした。様々なIoTデバイスを検討しましたが、「Hello Light」は電球に通電するだけで通信でき、特別な環境整備も必要ありません。
河本 屋台街はインターネット環境が整っていない場所も多いので、SIMが内蔵されているのも大きな強みですね。
甲斐 屋台の景観や営業スタイルとの親和性の高さも魅力的でした。屋台は営業ルール上、夜間のみ営業が可能なので、どの屋台も営業時に必ず明かりをつけます。見た目が普通の電球なので、屋台の景観を崩すことはなく、心理的なハードルも下げることができました。
河本 実際に屋台に導入するためには、ハードルの低さだけでなく、メリットについても納得することが欠かせないと思うのですが、どのようにして屋台の店主を説得したのでしょうか。
甲斐 店主のメリットとして強調したのは、営業情報を自動で発信できるところでした。店主の中には、SNSで営業状況を発信している方もいますが、仕込みや開店準備など忙しい中での操作になるので、どうしても発信が遅れてしまうこともあるようでした。そこを電球の明かりをつけるだけで営業状況を発信できれば、発信作業を自動化することができます。また、営業情報の発信によって利用者の増も見込めますし、これらのメリットが受け入れられて、スムーズに導入を進めることができたと思います。
河本 確かに、人手不足の中で、自動化によって負担を軽減しつつ、お客様を増やす仕組みを提供できるというのは、店主にとっても非常に大きなメリットになりますね。屋台に欠かせない電球を活用してDXを進めるというアイデアも素晴らしいです。
AIおいちゃんと福岡流“おもてなし“の融合
河本 生成AIによる屋台レコメンド機能「AIおいちゃん」についてお伺いします。とてもユニークなサービスだと感じたのですが、AIおいちゃんを開発した背景についてお聞かせください。
依田 100軒もの屋台がある中で、営業状況を調べたり、自分の要望に合ったお店を見つけたりするためには、絞り込み機能が必要だと感じていました。既存のサイトにある検索機能を活用する選択肢もありましたが、我々が目指したのは、屋台の常連に気軽に相談するような感覚を再現することでした。常連さんに相談したくても、そういった機会はないので、相談する体験を再現する機能を作りました。そこで、LINEのトーク上で気軽に質問できる仕組みを作ることで、「常連客がおすすめの屋台を教えてくれる」という人情味のある体験を提供したいと思い、「AIおいちゃん」を開発しました。
「AIおいちゃん」には、屋台の基本情報だけでなく、おすすめのメニューやそのお店ならではのこだわり、さらには店主の人柄といった、常連客しか知らないような情報までAIに入力しました。その結果、お店の名物メニューを楽しみたい人、静かに飲みたい人や店主との会話を楽しみたい人など、それぞれのニーズに合わせて、簡単に屋台を探せるようになりました。また、女性一人でも入りやすいかどうか、子供連れでも利用できるかどうかといった、幅広い利用者が安心して屋台を楽しむための情報も入力しています。
河本 「おいちゃん」という名前も、ユニークな響きですね。人情味のある体験を実現するために、どのような工夫をしたのでしょうか。
依田 「おいちゃん」というのは、博多弁で「おじさん」を意味する言葉ですが、標準語よりも柔らかく親しみやすい響きなので、サービス名として採用しました。もちろん、親しみやすさを出すために、キャラクター設定やイラストにもこだわっています。そして博多の人情味あふれる常連客を再現するためのポイントが、博多弁による会話です。自然な博多弁を実現するために、AIに与えるプロンプトを徹底的にチューニングしました。
河本 生成AIが自然に良い答えを返してくれるなら良いのですが、意図と異なる回答をした際に修正するのは本当に大変ですよね。正確な回答を提供するためにどのような工夫をされていますか。
依田 まず博多弁については、福岡市の屋台担当課の職員の皆さんにもご協力いただき、少しでも気になる点は徹底的に修正しました。博多弁は愛されている方言なので、不自然な部分があれば利用者から必ず指摘されるからです。
また情報の正確性については、「AIおいちゃん」は、RAGという技術を用いて情報を検索しており、回答に使用するデータが限定されるので、誤った回答を抑制することができます。もちろん、そのためには情報ソース自体の正確性を保つことが重要です。
例えばLINE公式アカウントには、AIの回答精度をさらに高めるために、利用者が「AIおいちゃん」に情報を提供するためのフォームを設けていますが、フォームに投稿された情報をそのまま使わず、必ず正誤を確認してからデータ化しています。行政と連携してサービスを提供しているので、誤った情報が混入して信頼性が損なわれないよう、細心の注意を払っています。
屋台DXから広がる、未来への展望
河本 最後に、屋台DXの今後の取り組みや展望についてお聞かせください。
甲斐 現在進めているのは、情報提供フォームによるAIおいちゃんのブラッシュアップです。屋台利用者の生の声を集めることで、AIの精度をさらに高めつつ、より利用者それぞれのニーズにマッチした屋台をレコメンドできるよう、今後もAIおいちゃんを育てていきたいと思います。
屋台DXの取り組みを通して、屋台情報のデータベースが作れたので、今後オープンデータとしての活用方法も検討したいと考えています。例えば、屋台の営業情報をデジタル地図で確認できるようになれば、さらに便利になるはずです。またFUKUOKA GUIDEは英語にも対応しているので、インバウンド向け施策での活用も考えられます。
依田 今回の取り組みは、あくまで屋台という福岡独自の文化を支えることが目的でした。しかし、いざリリースしてみると、他の地域や業種からも多くの問い合わせがありました。営業情報の見える化への潜在的なニーズを感じるので、今回の経験を他の地域で応用できるかもしれません。また生成AIによるレコメンド機能も、屋台に限らず、より幅広い情報レコメンドに応用したいと考えています。
河本 屋台DXの成果が、福岡の屋台文化のさらなる発展につながるだけでなく、他の地域文化の発展にも貢献するかもしれませんね。本日はありがとうございました!
(取材日: 2025年1月21日: 取材/大場 沙里奈)