公式アカウント導入のきっかけ 子育て情報から焼津市総合情報への転換
鈴木 まず焼津市がLINE公式アカウントを導入した経緯について教えてください。
太田 焼津市のLINE活用は、2017年8月にLINE@で開始した子育て支援情報の配信サービスにまで遡ります。焼津市は、手厚い子育て支援を方針として掲げています。LINEは若年層の利用率が高いので、子育て世代に、市の取り組みをもっと知ってほしいということで始めました。その後、2020年12月に、焼津市LINE公式アカウントとして、子育てに限らず、利用者の関心に合わせて、焼津市の総合情報を分野別にお届けするサービスに転換しました。
鈴木 子育て情報に特化したアカウントから、焼津市総合情報の配信に転換したきっかけは何でしょうか。
早川 きっかけは、チャットボット導入と地方公共団体プランへの乗り換えでした。当時広報部門を中心に、行政サービス全般へのチャットボット導入を検討していたのですが、同時にチャットボットと相性が良いLINEの活用も模索していました。既に子育て情報発信にLINEを活用していたので、そこに我々も相乗りして、子育て分野からチャットボットに着手したのが、部署を横断したアカウント統合のきっかけになりました。
チャットボットの対象を市政全般に拡大するにあたって、利用者の関心に応じて適切な情報を届ける手段が課題でした。ホームページやチャットボットのようなプル型メディアは、プッシュ配信とセットでないと、訪問してもらえません。その意味でLINEは、市にとって待望のプッシュ型ツールでした。
加えて、2019年にはLINE公式アカウントの地方公共団体プランが始まり、LINE@から公式アカウントに乗り換えることになりました。子育て情報に限らず、ふるさと納税など他の分野でもLINE活用が始まる一方、無償化できるのは1アカウントだけです。公式アカウントの活用法を検討するうちに、様々なLINEを市公式アカウントに集約しつつ、広報部門がイニシアティブを取り、市役所を横断した情報集約と発信を担うことになりました。
友だち爆増の決め手はクーポンと継続的な情報発信
鈴木 多くの組織が友だちを増やすことに苦労している中で、焼津市のLINE公式アカウントは市の人口13万6千人を超える17万人もの友だちを獲得しています。焼津市はどのような施策を実施して、このような成果を達成したのでしょうか。
太田 友だち数を増やす施策として、特に効果的だったのはLINEクーポンや、LINEミニアプリによるデジタルクーポンです。コロナ禍で影響を受けた小売店や飲食店を支援するために、2021年から22年にかけて実施した施策で、特に、焼津さかなセンターなど市外の観光客が立ち寄る場所で使えるクーポンは、市外の友だち数増加に大きく貢献しました。その後もクーポン施策を行うたびに、友だちが増えています。
前島 クーポン以外にも、プレゼントキャンペーンや焼津市のお得情報など様々な取り組みを行っています。また配信のタイミングや、情報の見せ方も工夫しています。LINEの便利さを利用者に実感してもらうことで、クーポンを使い終わった後もブロックを防ぎつつ、友だち登録を増やすことができました。また主婦層を中心とした「これは便利だ」という口コミも、友だち数増加に貢献したという印象です。
鈴木 クーポンだけでなく、エンタメ的な要素も取り入れて広まったわけですね。
太田 公式アカウントで「常に何かやってるぞ」という姿を見せることで、クーポンを使い終えても、公式アカウントに関心を持ち続けてもらえたのが大きいと思います。
前島 もう一つ便利さを実感してくれたエピソードとして紹介したいのが、COVID-19感染者情報です。2020年12月に焼津市LINE公式アカウントの運用を開始した時は、ちょうどコロナ禍の最中でした。ホームページで毎日情報を更新していたのですが、利用者からはプッシュ配信で状況を知りたいという要望をたくさん頂きました。そこでLINEで配信を始めたのですが、求める情報を即時に見たいという市民のニーズとマッチして、便利さを実感してもらえたと思います。
継続的な情報発信を支えるツールと仕組み作り
鈴木 お話を伺って、公式アカウントの普及には、利用者のニーズを常に考えながら、情報を届けることが必要だと思いました。その実現のための仕組みを、焼津市はどのように構築したのでしょうか。
太田 ツール面では、焼津市公式アカウントの開始にあわせ、LINE公式アカウント運用ツール「KANAMETO」を導入し、リッチメニューの管理やプッシュ配信に活用しています。プッシュ配信で特に気をつけているのは、無秩序に情報を送るのではなく、セグメントされた宛先に向けて、決められた情報を一定の曜日と時間に送り続けることです。利用者にとっては「この曜日にこの情報が届く」と習慣化することで、サービスの定着と利便性向上に繋がったと思います。行政側としても、KANAMETOを使うことで、意図した情報を効果的に発信できるようになりました。
鈴木分野別配信で利用者が必要とする情報だけ提供するのは、ブロック防止の観点でも効果的ですね。運用面では、どのような工夫をしているのでしょうか。
前島 継続的にLINEで発信するためには、各部署からの情報を集約し続けることが必要不可欠です。しかしLINEを始めたからといって、すぐに配信依頼が来るわけではなく、当初は我々が各部署に情報を取りに行く必要がありました。そこで、すべての情報が我々の手元に自然と集まるような仕組みを作りました。そこからピックアップした情報を配信したことで、周りの職員にもLINEの便利さが広まっていきました。例えば、今まで全然集まらなかったイベントがLINEで配信したら満席になった、といった成功体験を通して、情報発信にはまずLINEを使おうという好循環が生まれました。今やLINEは焼津市の情報発信プラットホームの中心を担っています。
早川 LINE運用を成功させるには、単発でツールを導入するだけでなく、このような仕組み化により、持続的に施策に取り組むことが欠かせません。また分野別配信・チャットボットに共通して言えることですが、リンク先または情報源となるホームページとの整合性など、市役所横断の広報施策との連携も欠かせません。各部署が思い思いにLINEを利用していたら、整合性が取れなかったのではないでしょうか。広報部門が全体を俯瞰しながら取りまとめる体制だからこそ、LINE運用に成功しました。
LINE自治体公式アカウントの仕様も、取りまとめを進める上で有利でした。地方公共団体プランの恩恵を受けられるのは1アカウントだけという仕様を、我々は窓口となるチームがコントロールしながら運用するべきだと理解しました。ある意味、LINEの仕様のおかげで成功できたと言えるかもしれません。
鈴木 やはり利用者が必要としている情報を把握し、全体をまとめて運営していくことが大事ですね。我々としても、そのためのノウハウを発信することで、自治体による情報発信をさらに促進していきたいと思いました。
LINE公式アカウントの導入効果 地域活性化から自治体DXへ
鈴木 LINE公式アカウントを導入した結果、どのようなメリットを実感していますか。
長田 まずは、市外の登録者が増えたことで、関係人口(特定の地域に継続的に多様な形でかかわる人々)の増加に貢献していることです。LINEミニアプリによるクーポン施策の効果もあり、現在は約17万人の友だちのうち、約7万人が市外からの登録者です。市外の友だちに向けて、イベント情報や観光情報などを配信することで、焼津市に訪れる人が増えています。
太田 プレゼントキャンペーンでは、あえて市民と市外の友だちを区別しないこともあります。その結果、市外の友だちが当選して、焼津までわざわざ取りに来られた方もいました。こういった施策が、関係人口の増加につながったと実感しています。
前島 プッシュ配信により、災害情報をいちはやく市民にお届けできるようになったのも重要です。今のところ災害情報は全員に発信していますが、特定の地域に限定した情報発信も可能です。今後は、復興情報もセットで、災害時のゴミの出し場所や支援物資の配布などにも活用したいと思っています。我々が恐れるのは市民に情報が届かないことなので、ホームページや防災無線よりも速く確実に情報が届くLINEを高く評価しています。
早川 友だちが大幅に増えたことで、できるようになったこともたくさんあります。
例えば、LINEを活用したアンケートです。これまでは紙面でアンケートを行い、多額の郵送費や集計コストがかかっていました。しかしLINEをタッチポイントにして市のWEBフォームでアンケートを実施すると、以前よりも格段に多くの反応や回答を、一瞬で得ることができます。また回答数が増えることで、回答者の属性も自然と多様になります。アンケートにかかるコストを、大幅に下げることができました。
もちろん、紙のアンケートを完全になくすわけではありません。紙で行う場合には、無作為抽出をしてバランスを取りながら実施します。しかし、それほど高い精度を求めない調査や簡単なアンケートでは、LINEで配信したほうが速く結果を得られ、回答数も多くなります。
前島 アンケートの自由記入欄については、紙に比べLINEでのアンケートの方がたくさんの方に回答していただけるという実感があります。紙のアンケートのように無作為抽出ではないので回答が偏る懸念はありますが、市民の気持ちを聞くという面ではLINEは優れていますね。
鈴木 なるほど。友だち数が増えたことで、自治体DXにも貢献しているんですね。顧客体験(CX)と従業員体験(EX)の両面で、充実した公式アカウント運用だと感じました。
早川 DXの推進という観点では、市職員が、業務の設計と顧客サービスにLINEをどう使うか考えてくれるようになったのも大きな成果です、LINEで情報発信したり、LINEと行政サービスを組み合わせることで得られる効果を学んで、LINEの良さを実感したおかげだと思います。
旬の情報をいち早く ユーザー体験へのこだわり
鈴木 利用者目線で様々な取り組みをされている焼津市ですが、UIやUXについてこだわっていることがあれば教えてください。
前島 分野別のプッシュ配信以外では、リッチメニューのUIにもこだわっています。イメージとしては、メニュー画面を市役所の庁舎のように考えています。必要な情報への導線がすぐに見つかるように、メニューボタンやタブの配置、それぞれのボタンを押した際の流れを工夫して、利用者が目的の情報にたどり着きやすいように配慮しています。
太田 リッチメニューのボタンは、1つのタブに12個、3つのタブ合計で36個と、枠が限られています。その中で、つなモビなど利用者のニーズが高いサービスを優先的に配置し、簡単にアクセスできるよう工夫しています。もちろんボタンを使って直接アクセスするだけでなく、プッシュ配信からも利用できるようにしています。KANAMETOを使うと、リッチメニューも自分たちで簡単に更新できるので、限られた枠に対して、利用者のニーズが高い情報は何か考えながら、試行錯誤を続けています。
長田 他にも、リッチメニューの内容を頻繁に更新しています。例えば、確定申告期間中には確定申告ページへのボタンを設置し、終わったら元のメニューに戻すといった具合です。また配信メッセージについても、興味を持った方がリンク先を訪問してくれるように、一目で必要な情報かどうか判断できるよう、タイトルと説明文を工夫しています。特にテキストの内容には注意を払っています。
鈴木 利用者が必要なときに、必要な情報を提供できるよう様々な工夫をしているんですね。
早川 更新にお金がかかるわけではないので、自分たちでメンテナンスしながら、旬の情報をこまめに出すようにしています。いまでは、部署同士でメニュー枠の取り合いが起きるぐらい、需要が高まっています。
情報発信の要から、さらにパーソナライズされたサービスへ
鈴木 焼津市LINE公式アカウントについて、今後の方針や取り組みがあれば教えてください。
太田 すぐに新しい取り組みを始めるわけではないのですが、利用者数も大幅に増加してきたので、LINEという便利なツールを安定運用しながら、さらに質の高い情報を提供し続けたいと思います。
私個人としては、関係人口を増やすための取り組みを強化したいと考えています。例えば、焼津市出身者が帰郷した際のサービスや、他の地域への移住者が焼津市への関心を持ち続けてもらうような取り組みが考えられます。また10代から20代前半の利用率はまだ伸ばす余地があるので、そのための仕組みも作りたいです。
鈴木 最後に、焼津市における今後のLINE活用の展望をお聞かせください。
早川 焼津市は、もっと市民に寄り添うために、スマートシティ推進方針に沿って、よりパーソナライズされた情報やサービスを提供する取り組みを進めています。またデータ連携基盤を整備し、スマートシティの取り組みの一環として、データを活用した新たな価値を創出したいと思っています。
これらの実現のためにLINEをどう使っていくか、またパーソナライズを推し進める際の個人情報プラットフォームや、情報セキュリティを含めた取り扱いルールの整備などは、今後の大きな課題です。しかし今後もLINEは、焼津市民・関係人口を問わず、利用者との重要なタッチポイントであり続けるでしょう。
鈴木 我々LINEヤフーとしても、焼津市のDXにさらに貢献できるとうれしいです。本日はありがとうございました。
(取材日: 2024年3月: 取材/大場沙里奈, サポート/鈴木敦史)