LINE×MaaSでタクシー業界の課題に挑む
永松 まずは今回のプロジェクトを主導した、ニアミーの事業内容やビジョンについてお聞かせ頂けますか。
高原 ニアミーは、社会のあらゆる「もったいない」ことを、テクノロジーで解決することを目指して、2017年に設立しました。様々な社会的課題の中で、特に地域交通と移動における問題にフォーカスしています。地域のモビリティが衰退すれば、地域全体の衰退にも繋がります。そこで、移動を便利にすることで、地域の活性化に貢献したいと考えています。
ニアミーは、特にタクシーやバスなどのドアツードアの移動サービスに力を入れています。AIによるマッチングなどのテクノロジーを生かし、個人向けのタクシー相乗りアプリ「NearMe」や、交通事業者と提携した移動のシェアリングサービスを提供しています。
永松 「社会の『もったいない』を解決する」ということは、今後、MaaS以外の事業も手掛けられるのでしょうか。
高原 ニアミーという社名に込めた思いは、「私の近くが便利になる」こと。つまり、MaaSに限らず、自分の近くの良いものをより発見しやすくする仕組みづくりを通して、テクノロジーで地域を盛り上げていきたいという意味です。その意味で、今後LINEをベースに、MaaSの枠組みを超えたサービスを提供できるのではないかと、様々なアイディアを思い描いています。
LINEと連携したタクシー配車サービスとは
永松 LINEを活用した「配車サービス」について、概要を教えてください。
高原 弊社が提供する配車システムと、LINE公式アカウントを連携させたサービスです。具体的には、利用者はタクシー事業者のLINE公式アカウントを友だち追加して、乗車地、行き先、人数などの必要情報を入力するだけで、配車予約が完了します。これにより、アプリのダウンロードや会員登録が不要になり、友だち追加だけで配車サービスを利用することが可能になります。
永松 タクシー業界自体が、様々な課題を抱えていると聞きますが、事業者から見た本サービスのメリットは何でしょうか。
高原 従来は、利用者からの電話受付と手作業による配車に、多くの時間を割かれていました。しかも利用者からの電話は、状況確認の問い合わせなど、アフターフォローの電話も多く、その対応に忙殺されることで、人的負担の増加や新規受付の妨げになっていました。またタクシーには最大9名まで乗車できるところ、配車一回あたりの搭乗人数が一人、あるいは誰も乗っていない時間が多いなど、タクシー自体の稼働率が低いことも課題でした。
そこでLINEを活用した「配車サービス」を導入することで、電話による顧客対応に掛かる人手や時間を削減し、タクシーの稼働率を上げることができます。また今後提供予定のシェア乗り機能を活用すれば、タクシーのより効率的な運行が可能になり、ドライバー不足に対しても効果的なソリューションとなるでしょう。
永松 LINEにより、タクシー事業者の持つキャパシティをより有効活用することができるということですね。本サービスは、パーソルP&Tとの共同開発と伺いましたが、同社はどのような役割を担っているのでしょうか。
伊藤 弊社は、ニアミーのシステムと、LINE公式アカウントとの連携部分の開発を担当しています。ニアミーの高原さんとは1年ほど前に知り合ったのですが、きっかけはLINE株式会社(旧社名)からのご紹介でした。そして高原さんから、モビリティの課題についてプレゼンして頂いたのですが、そのビジョン実現に向けた熱意が、強く印象に残りました。弊社メンバーもそのビジョンに共感するところがあり、ニアミーと協業することになりました。
渡邉 補足しますと、ニアミーが有する配車システムの強みやタクシーの事業領域に対する深い知見、顧客・消費者インサイト等、彼らのコアコンピタンスを掛け合わせ、タッチポイントがより魅力的になるようにプロジェクトを進めています。
具体的な狙いとしては、子供から大人、おじいちゃんおばあちゃんに至るまで、皆が慣れ親しんだLINEのプラットフォームを用いることで、エンドユーザーの利用障壁を引き下げて配車サービスへのアクセス性を高め、利用者を増やしてゆけるような、いわゆる“補完材”的戦略ポジションを目指しています。
もちろんこうした背景には、伊藤が述べております通り、移動手段の提供を通してまずは身近な足元の問題を解決し、ゆくゆくは“地域社会全体の活性化に寄与できるようなサービスへ昇華させたい”といったチームの思いがあります。
福田 本サービスのきっかけの一つは、弊社がMicrosoft Azureパートナーと進める、全国のMaaSの普及拡大を支援するための共同プロジェクトです。パーソルP&Tにも、Microsoft Azureパートナーとして、このプロジェクトに参加して頂いています。開発会社だけでなく、力をお借りできる事業者をどんどん巻き込みたいという思いでプロジェクトを進めていく中で、高原さんとのご縁がありました。お話を伺う中で、ニアミーとパーソルP&Tが目指す方向性が一致していると感じ、両社をマッチングしたという経緯です。
高原 MaaSの共同プロジェクトのことは知っていたので、足並みを合わせるとシナジーが生まれるのではないかと思いました。それを踏まえてご相談した結果、パーソルP&Tとの提携と、本サービスのリリースにまで繋がりました。
LINE採用により、顧客接点の充実とアプリの負担削減を両立
永松 ネイティブアプリ、Webアプリ、既存のタクシーアプリなど様々なプラットフォームの選択肢がある中で、今回LINEを採用した理由は何でしょうか?
高原 アプリやWebサービスの自社開発には、大きな初期投資と運用コストが必要です。しかし地域の小規模なタクシー会社には、そのようなコストを負担する余裕はなく、開発できる人材もいません。既存のタクシーアプリに参加するという選択肢もありますが、そうすると地元の利用者との直接のデジタル接点が失われてしまいます。
例えば、EC事業者などは大手プラットフォームに支店を持ちつつ、自社サイトでもサービスを展開しています。しかし、タクシー業界に同じ方法を当てはめると、自社サイトやアプリがないので、利用者との接点をプラットフォーム側に依存することになります。利用者へのブランディングや接客を自社でコントロールできないのは、地域に根ざした交通事業者として極めて歪な状況ではないでしょうか。実際私自身も、多くの地元事業者からの懸念の声を耳にしています。
しかしLINE公式アカウントであれば、小規模な事業者でも手軽に運用することができます。難しいシステム部分は私たちが開発しているため、各事業者が個別に開発する必要はありません。これにより、多くの事業者が簡単に独自の配車サービスを提供できるようになります。
もちろん、他のタクシーアプリを否定しているわけではありません。例えば、外部からの来訪者には、どんどんタクシーアプリを使ってほしいと思います。しかし、自社タクシーをよく使う地元利用者に対しては、自社で顧客接点を持ち、直接ブランディングや接客ができることが望ましいです。アプリのハードルを下げつつ、顧客接点を維持するためには、LINEの採用は必然でした。
福田 例えば小売業界では、LINE公式アカウントを「自社サイトのように活用している」と仰ってくださる事業者も存在します。
高原 はい。LINEには、小売業界を始めとする様々な成功事例があるので、それを活用できるというメリットもあります。例えば、最近配車依頼がない利用者に、プッシュメッセージで利用を促したり、交通渋滞など移動に関する情報をコンテンツとして発信したりといったことができるようになります。また、LINEでタクシーの位置情報を見える化すれば、新規受付の妨げになる電話対応を減らすことができます。
永松 LINEを利用することで、電話のようなきめ細やかな接客を、デジタルで実現できるということですね。サービスをリリースした後の反響はいかがでしょうか。
高原 導入先のTKタクシー株式会社からは、非常にポジティブな反応を頂いています。事業者から好評なだけでなく、実際に利用者も増えているので、今後は導入先の拡大など、さらなる普及を目指します。
ユーザー体験へのこだわり ベストプラクティスを活用しながら検証を繰り返す
永松 LINEを活用した「配車サービス」の開発についてお伺いします。短い期間で開発されたとのことですが、苦労した点やこだわった点はありますか?
渡邉 タクシー配車は、高齢者を含む幅広い層が利用します。そのため、フォントや色合いなど、様々な面で見やすさを心がけながら、ユニバーサルデザインの実現を目指しました。
永松 デザインのかなり細かい部分まで、綿密に検討されていたと伺いました。例えばリッチメニューの配車ボタンで、車の向きがどちらが見やすいか議論されていたというエピソードが印象に残っています。
岸田 社内の他のメンバーから見ても分かるぐらい、デザイン面については弊社の技術メンバーが拘っていることがよく伝わってきました。そこは自負できる点なのではないかと思います。
渡邉 その他のUIや視認性に関わる要素についても、ニアミーから顧客の声等、細かくフィードバックを頂きながら、エンドユーザーが直感的に利用できるように、技術メンバー一同、奮闘致しました!(笑)
高原 ニアミーはずっとBtoC事業を手掛けているので、システムだけでなくユーザー体験へのこだわりは強いです。パーソルP&Tには、細かい要望まで対応してもらい感謝しています。
ユニバーサルデザインを実現する上で心がけたのは、既存の配車アプリなど、様々なサービスのベストプラクティスを取り入れることです。言い換えれば、ただデザインにこだわるというより、幅広い利用者にとってのスタンダードをベースにUX/UIを設計するということです。そのスタンダードは、各社によるUX/UIの絶え間ない改善の結果生み出されたものです。例えば、LINEの月間利用者数は9500万人(2023年6月時点)に上ります。それほど多くの利用者が慣れ親しんでいるならば、そのUIに合わせて自分たちのサービスをデザインするのが合理的です。
福田 ユーザー心理を考慮すると、「ここを押したら当然こうなる」という具合に、使い慣れた感覚を新しいアプリでも生かせるのは、すごく大事ですよね。
高原 はい、ただし、スタンダードを取り入れるだけでなく、それが我々のサービスが目指すユーザー体験にとって最適かどうか、検証と改善を繰り返しています。ユーザーがアプリを意識することなく、当たり前のように使えることが理想です。
渡邉 弊社は「江差マース」の実証実験にも関わっているので、その知見も、今回の開発に活かせたのではないかと思います。今後もPDCAを回しながら、より直感的かつ、安心して使って頂けるタッチポイントを目指して、UIの改善を続けます。
ニアミーがLINEで描くビジョンとは?
永松 LINEを活用した「配車サービス」の、今後の展開についてお聞かせください。
高原 本サービスは北海道からスタートしますが、今後は沖縄まで含めた全国展開を目指します。特に人口規模が小さい地域は、既存の配車アプリでカバーできないことが多いです。そのような地域格差を、本サービスで解消したいと思っています。例えば、自治体のLINE公式アカウントとタクシー事業者の連携により、少ないタクシーを効率的に運用したり、赤字の路線バスに変わる交通手段を提供できるかもしれません。また、タクシーのシェア乗り機能のリリースも、人手不足解消には欠かせないので、必ず進めていきます。
永松 シェア乗りへの対応以降のステップは、どのような展望を描いていますか。
高原 LINEを通して、MaaSだけではない、地域性のあるサービスを提供できるのではないかと、様々なアイディアを思い描いています。
クーポンなどのマーケティング機能を提供すれば、顧客接点におけるより高度なCRMが可能になるだけでなく、地域交通と地域の様々なビジネスを結びつけることができるでしょう。すると、移動手段だけでなく、移動の目的を提供できるようになります。例えば目的地の事業者とアライアンスを組んで、「買い物が安くなる」「観光地に安く入場できる」などのクーポンを提供することで、移動の需要を喚起することができます。
また、地域軸だけでなく、趣味・嗜好など関心軸に基づくシェア乗りサービスも考えられます。例えば、スポーツの試合会場やアイドルのコンサート会場の行き帰りなど、目的を共有する人同士がシェア乗りをすることで、交通の不便さや、イベントが延長した時の帰宅困難を解消することもできるでしょう。
福田 今日のインタビューの中だけでも、新しいアイデアがどんどん湧いてきましたね。本サービスの今後がとても楽しみです。本日はありがとうございました。
(取材日: 2023年9月: 取材/鍋島理人, サポート/大場沙里奈, 鈴木敦史)