行政DXが一気に進んだ転換点
佐藤 まず初めに橋口さんに質問させてください。
コロナ禍でLINEのサービスは、かなり多くの行政機関に利用していただいたと思うのですが、どのような事例が印象的でしたか?
橋口 一番大きかったのは、やはりワクチン接種ですね。
国がワクチン接種に関する方針を整理していく中で、自治体側には「ワクチン接種の予約をどう受け付けるか」「住民対応をどうさばくか」という、かなり切迫した課題がありました。
電話受付、Web受付、医療機関ごとの予約など、さまざまな方法が検討される中、「何かもっと集約できる方法はないか」と自治体が模索していた時期だったと思います。
佐藤 その中で、LINEとLINE公式アカウントという選択肢も浮上してきたわけですね。
橋口 はい。私たちのほうから、住民がLINEでワクチン接種の予約受付を集約できるという提案を行いました。すると、非常に多くの自治体から反応がありまして、当時で言うと、おおよそ200〜300自治体の単位で「LINEプラットフォーム上でワクチン接種の受付を集約できないか」という問い合わせや相談をいただきました。
佐藤 実際の仕組みとしては、LINE公式アカウントに人を集めて、その後に郵送で送られる接種券の番号で住民と予約情報の紐付けをしている自治体がほとんどでしたよね。
橋口 そうですね。 ワクチン接種では、接種券が配布されていました。
この接種券番号をキーにすることで、「誰が、どの接種対象なのか」「すでに予約・接種しているか」 を整理できる仕組みになっていました。

佐藤 重複した接種を防いだり、対象外の方にワクチンが接種されないように、情報管理していたということですよね。
橋口 その通りです。接種券番号をキーにLINE上で予約を受け付けることで、スムーズな予約受付を行うだけでなく、接種状況を一元管理できました。
佐藤 自治体によっては、LINEからの予約を中心に据えて運用をしていたケースもありましたよね。
橋口 はい。電話窓口や医療機関での受付を残しつつも、 「予約はできるだけLINEに集約する」判断した自治体も少なくありません。
その中でも象徴的なのが、神奈川県座間市です。当時、人口の半分以上の方がLINE公式アカウントに登録しており、ワクチン接種の予約をLINE経由で行う運用が、現実的に回っていました。住民の方にとっても、新しい予約サイトを探したり、電話をかけ続けたりする必要がなく、普段使っているLINEで完結するという点が受け入れられたのだと思います。
佐藤 またワクチン接種では、当日キャンセルへの対応も重要なテーマでしたね。
橋口 はい。ワクチンは一本開封すると、その日のうちに接種しなければ使えなくなります。そのため、当日キャンセルが出た際に「いかに早く空き枠を埋めるか」が、自治体にとって大きな課題でした。
その流れの中で、一部の自治体では、 LINEを使ったキャンセル枠の案内や追加予約が始まりました。当日キャンセルが出た瞬間にLINEで通知を出し、希望者がすぐ反応して予約する。
「その日にキャンセルが出て、その日のうちに埋める」 この運用は、即時性のあるLINEだからこそ実現できたものだと思います。
佐藤 こうして振り返ると、コロナ禍のワクチン接種対応を通じて、LINEの立ち位置も大きく変わったように感じます。
橋口 そうですね。 この時期を通して、LINEは単なる連絡手段ではなく、 行政の申請や予約を集約する実務インフラとして使われるようになりました。
ワクチン接種はその象徴的な事例で、1,000を超える自治体規模での導入、接種券番号をキーにした情報管理、当日キャンセルへの即時対応など、LINEの強みが非常にわかりやすく表れた取り組みだったと思います。
学生支援給付金 ― 若年層に届いたデジタル申請
佐藤 ワクチン接種以外にも、若年層を対象にした代表的な事例として、学生支援給付金がありましたよね。
橋口 はい。学生支援給付金は、文部科学省との連携事業で、コロナ禍において、大学生を中心とした若年層に迅速に支援を届けることが目的でした。
対象となる学生がおよそ43万人規模でしたが、そのうち約14万人が実際に申請しています。若年層向けの行政施策としては、非常に高い反響だったと受け止めています。
佐藤 このときも、LINEを申請の入口にしたのが特徴でしたね。
橋口 そうですね。当時は「どのツールを使うのが一番適切か」を検討する時間的余裕があまりなく、スピードと到達率を最優先する必要がありました。
その中で、大学生が日常的に使っているツールとして最も浸透していたのがLINEだった、というのが率直な理由です。
佐藤 実施時期も、かなりタイトだったと記憶しています。
佐藤 はい。2020年の5月末頃に実施していますが、企画から実装、運用開始までの期間は非常に短かったと思います。それでも、約973の大学・教育機関が加盟し、全国規模で一斉に展開できたのは、LINEという既に使われているプラットフォームを前提にできたことが大きかったですね。
佐藤 学生側の反応はいかがでしたか。
橋口 申請のハードルが低かったこともあり、LINEを通じてスムーズに申請できた、という声は多かったと聞いています。若年層に対しては、非常に相性の良い手段だったと感じています。
佐藤 この取り組みは、表彰も受けていましたよね。
橋口 はい。結果として、文部科学省の令和2年度「広報顕彰」にて、対外発信部門「三谷大臣政務官賞」を受賞しました。評価いただいたポイントとしては、
・短期間で全国規模の申請基盤を構築できたこと
・若年層に対して実際に使われたこと
・混乱なく申請を受け付けられたこと
といった点が大きかったのではないかと思っています。
佐藤 「学生にとって使いやすいツールを選んだ」という判断自体が、成果につながったわけですね。
橋口 そうですね。行政側の都合ではなく、「学生が自然に使えるかどうか」を軸にツールを選定したことが、結果的に高い申請率と評価につながったのだと思います。
佐藤 なるほど、学生支援給付金の開発期間が短いという話がありましたが、能登半島地震の対応についてはいかがでしたか?
橋口 そうですね、能登の現地対応は別のメンバーが行っていましたが、あのときは本人確認を厳密に行うことよりも、現場で確実に回すことを優先しました。
基本的には、避難者の方で紙に情報を書いてもらい、その紙にSuicaカードとSuica番号を紐付けて管理する形です。Suica番号は紙にも印刷して、「この紙の人は、このSuica」という形で紐づけて運用していました。通信環境や人手が限られる中でも、後から管理・整理ができるようにするための、現実的な運用を選んだ対応だったと思います。
JPKIとは何か ― 「オンラインの実印」としての本人確認
佐藤 これまでの事例はほとんどが『「本人確認」をどのように行うのか?』キーポイントだったと思います。「本人確認」について少し話を深掘りして伺いたいのですが、まず、JPKIとはどういう仕組みなのでしょうか。
龍 まずデジタル庁の説明を引用しますと、『公的個人認証サービス(JPKI)とは、マイナンバーカードのICチップに搭載された電子証明書を利用(マイナンバーは利用しません)して、オンラインで利用者本人の認証や契約書等の文書が改ざんされていないことの確認を公的に行うための安全・確実な本人確認を行うためのサービスです。(引用:デジタル庁HP「公的個人認証サービス(JPKI)」)』とあります。個人的なイメージとしては、実印を押すのと同じくらい強い本人確認をオンラインで行う、という感じですね。
佐藤 「実印」という表現が印象的ですね。もう少し一般的に説明すると、どんな役割を持つ仕組みでしょうか。
龍 JPKIは、オンライン上の手続き申請において「このサービスを使っているのが本人であること」、そして「送信されたデータが改ざんされていないこと」を、が公的に保証する仕組みです。
国及び地方公共団体が共同して運営する法人である地方公共団体情報システム機構(J-LIS)が電子証明書の認証局を担っていて、マイナンバーカードに搭載された電子証明書を使い、なりすまし防止や改ざん検知を行う、いわばデジタル身分証明書のような位置づけですね。
佐藤 例えば、 実際の利用イメージはどのような流れになるのでしょうか。
龍 企業や自治体のLINE公式アカウントから申請し、マイナンバーカードの署名用電子証明書のパスワードを入力、スマートフォンをカードにかざしてスキャンするだけで、本人確認が完了します。

佐藤 操作はシンプルですが、裏側はかなり強固な仕組みですね。
龍 そうですね。紙の申請書に実印を押して提出していた行為を、そのままオンラインに置き換えたものがJPKIです。本人確認に加えて、「この内容で申請する」という意思表示まで含めて証明できる点が、大きな特徴だと思います。
eKYCと比較して見えるJPKIの強み
佐藤 本人確認書類(運転免許証・マイナンバーカードなど)を画像データとして提供するような一般的なeKYC(犯罪収益移転防止法(犯収法)では、ホ方式)と比べると、JPKI(犯収法では、ワ方式)とどういった違いがあるのでしょうか。
渡辺 まずセキュリティの強度という観点では、現在あるeKYCの手法の中でも、JPKIは最も強度が高いと考えます。JPKIは単に本人確認をするだけでなく、先ほどお話ししたように、実印を押して申請書を提出するのと同じ行為をオンラインで実現できる仕組みです。そのため、金融分野での口座開設やクレジットカードの申込みなど、「この内容で申し込みます」という意思表示が必要な手続きにも使われています。
佐藤 具体的な手続きの違いとしては、どんな点がありますか。
渡辺 ユーザーの手間という点では、違いはかなり明確です。JPKIの場合は、マイナンバーカードと暗証番号の入力だけで完了します。一方、eKYCでは、本人確認書類の撮影や、顔写真の撮影といった工程が必要になります。撮影時のブレや反射などで、やり直しが発生するケースも少なくありません。
佐藤 運用面でも違いはありそうですね。
渡辺 はい。JPKIでは、氏名・住所・生年月日・性別といったいわゆる「4情報」を公的に照会できます。そのため、住民基本台帳の参照や、追加確認といった工程が不要になります。また、審査についても、JPKIは自動照会で完結するため、目視確認が不要です。
eKYCの場合は、AI判定に加えてバックオフィスでの確認が入ることも多く、結果として審査に時間がかかるケースが出てきます。
またLINEのJPKIでは、LINEがダウンロードされてさえいれば、他にJPKI専用のアプリをダウンロードする必要がないという点もユーザーにとってはメリットです。(スマホ端末による読み取り制限あり)
佐藤 精度とスピードの両立、という点が大きいわけですね。
渡辺 その通りです。多くの場合、JPKIの方が手間も時間も短縮でき、かつ精度が高いという点がメリットになります。もちろん、マイナンバーカードを持っている方が前提になるため、未所持者への対応は別途検討が必要ですが、条件が合えば非常に合理的な本人確認手法だと思います。

佐藤 実際に提案や説明をする中で、「ここは刺さる」と感じるJPKIのポイントはどこでしょうか。
龍 やはり一番は、即時・自動で本人確認が完了する点ですね。例えば、LINEミニアプリでデジタルクーポンを配布するようなケースでも、24時間365日、ユーザーが申請した瞬間にそのまま処理が完了します。
免許証などを使った本人確認では、どうしても人の目によるチェックが入りますが、JPKIではその工程がありません。
佐藤 待ち時間が発生しない、というのは大きいですね。
龍 そうですね。確定申告でマイナンバーカードを使ってe-Taxを利用したことがある方なら、「かざしたらそのまま終わる」あの感覚が近いと思います。給付やクーポンのように、 スピードと確実性の両方が求められる施策では、JPKIの強みが非常に生きてくると感じています。
JPKI×LINEで実現した完全デジタル給付
佐藤 JPKIを活用した具体的な事例として、埼玉県美里町の取り組みがあるんですよね。
龍 はい。埼玉県美里町では、高校生世代応援給付金を、LINEとJPKIを組み合わせて実施していて、約3週間を要していた受け取りが最短即日で可能になる見通しです。申請はLINEから行い、本人確認はマイナンバーカードを使ったJPKIで実施。給付金はセブン銀行ATMで受け取る仕組みです。申請から給付まで、すべてデジタルで完結している点が、この事例の大きな特徴です。
佐藤 給付金施策で、ここまでデジタル完結しているのは珍しいですね。
龍 そうですね。特に高校生世代という若年層に対して、本人確認を含めてデジタルで完結できた点は、大きな意味があると思います。
佐藤 こういった事例が増えると、マイナンバーカードを使うきっかけや利用シーンも今後より増えていきそうですね。
龍 はい、LINEという身近なプラットフォームを入口にすることで、自然な形でJPKIを体験してもらえる設計になっています。「マイナンバーカードを使って何か特別なことをする」という感覚ではなく、 普段使っているLINEから、そのまま申請できる。というのもユーザーに馴染みやすいと感じています。
今後の展開 ― デジタルクーポン・おこめ券はどうなるか
佐藤 ここまでの事例を振り返ると、いずれも「キーとなる情報」を起点に仕組みを作ってきたことがわかりますね。
橋口 そうですね。学生支援給付金では学生情報、ワクチン接種では接種券番号、能登半島地震ではSuica番号、そして美里町ではJPKI。いずれも、「誰に・何を・どう届けるか」を整理するためのキー情報を中心に設計してきました。
佐藤 この考え方は、他の施策にも応用できそうですね。
橋口 はい。 この仕組みは、今話題となっている「おこめ券」や「デジタルクーポン」にもそのまま応用できます。
渡辺 JPKIで住所や生年月日を照会して、 LINEミニアプリ上で即時にクーポンを発行する。 審査待ちがなく、不正も防げる。「確実に本人に届ける」ことが求められる行政機関からの給付と、 この仕組みは非常に相性が良いと感じています。
佐藤 例えば、「デジタルクーポン」を発行するとして、具体的にどのような仕組みになりそうでしょうか?
渡辺 基本的な考え方は、これまでの事例と同じです。
まず、住民の方にはLINE公式アカウントやLINEミニアプリを入り口にして申請していただきます。その際、マイナンバーカードを用いたJPKIで本人確認を行います。
本人確認と条件確認が完了すれば、自治体側の審査待ちを挟むことなく、LINE上で即時にデジタルクーポンを発行する仕組みです。JPKIを活用することで、住所や生年月日といった情報も公的に確認できるため、『市内に住んでいるか』『対象の年齢か』といった判定もすべて自動化できます。
おこめ券やデジタルクーポンのように、『確実に本人に届けること』と『できるだけ早く届けること』が同時に求められる施策においては、このLINEとJPKIを組み合わせた仕組みは非常に相性が良いと考えています。

佐藤 なるほど、わかりやすいですね。類似の取り組みがあれば教えてください。
渡辺 類似の取り組みとして、山口県長門市の事例があります。長門市では、エネルギー価格や物価高騰の影響を受けた市民を支援するため、「ぶちとくながと生活優待券第三弾」として、LINEとJPKIを活用した電子優待券を発行しました。申請から利用までを長門市LINE公式アカウントで完結させ、市民であることの確認にはLINE公的個人認証サービス(JPKI)を採用しています。従来は紙の申請書を郵送で受け付け、確認・発送まで多くの工数がかかっていましたが、デジタル化により職員の対応人数は約10名から約3名に削減されました。住民・職員・加盟店それぞれの利便性向上につながった事例です。
もう一つ取り組みとして、北海道当麻町の取り組みがあります。当麻町では、物価高騰の影響を受ける全住民を対象に、町内加盟店で利用できる地域電子マネー「でんすけペイ」のポイント付与を実施しました。
申請は当麻町LINE公式アカウントから行い、ポイント付与前の本人確認にLINE公的個人認証サービス(JPKI)を活用しています。以前実施した経済対策では、紙の商品券を郵送で配布しており、約3,000世帯中2,200世帯から申請が集中し、職員が長期間対応に追われていました。JPKIを活用した電子申請へ切り替えたことで、申請者情報は管理画面で確認・承認するだけとなり、業務負担は体感で約1/10に軽減されました。住民からも「LINEでいつでも申請できて便利」と好評で、地域電子マネーの利用拡大と業務効率化を同時に実現した事例です。
山口県長門市 / 北海道当麻町の具体事例
佐藤 なるほど、ありがとうございます。
2つの事例を通して感じたのは、LINEとJPKIを組み合わせることで、「給付をどう設計するか」という行政側の悩みが、かなりシンプルになるという点です。
申請から本人確認、給付までを一つの流れで設計できることで、住民にとってはわかりやすく、職員にとっては無理のない運用が実現していることも感じられました。
特に、紙中心の運用からデジタルへ切り替えたことで、業務負担が大きく削減されている点は印象的ですね。これらの事例は、今後の給付やデジタルクーポン施策を考える上で、非常に参考になると思いました。
本日のお話を通じて、コロナ禍のワクチン接種や学生支援給付金、災害対応といった実例から、 LINEが単なる連絡手段ではなく、行政と住民をつなぐ基盤的なプラットフォームとして定着してきたことが、改めてよくわかりました。
また、JPKIのような強固な本人確認が組み合わさることで、安全性とスピードを両立した行政サービスが現実のものになりつつあることも印象的でした。
「確実に、必要な人へ、すぐ届ける」。そのための仕組みづくりこそが、これからの行政DXにおける重要なテーマなのだと感じます。
本日は、貴重なお話をありがとうございました。
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