市民ニーズの高い図書館のスマホ対応にLINEを活用
大場 横浜市のLINE公式アカウントは、現在約80万人もの友だちを抱えていますが、市民にどのようなサービスを提供しているのでしょうか。
林 横浜市LINE公式アカウントでは、セグメント配信による情報発信と、リッチメニューによる市民へのサービスや情報の提供を行っています。セグメント配信では、防災、防犯、観光・イベント、その他市役所・区役所からのお知らせなど、利用者が希望する配信内容をカテゴリごとに選択することができます。また、一部を除き、自分が住む区の情報に絞って受信できるようになっています。
リッチメニューでは、生活情報と図書館の2つのカテゴリでサービスを提供しています。生活情報は、市のウェブサイトや防災情報ポータルなどへのリンクが主です。図書館は、デジタル図書館カードを提示する機能のほか、蔵書検索などのサービスも提供しています。また、それぞれのカテゴリに、チャットボットによる利用案内を用意しています。
大場 2024年1月の図書館情報システムのリニューアルに合わせて、図書館サービスにLINEを導入したとのことですが、どのような目的があったのでしょうか。
澤田 横浜市立図書館として目指したのは、市民の皆様の利便性向上です。モバイルファーストが重視される中、図書館としてもスマホで様々なサービスを利用できるようにすることを目指していました。加えて、情報発信へのSNS活用の強化も課題でした。図書館情報システムの刷新の際、これらの観点を仕様に盛り込んだところ、開発業者から提案されたのが、LINEとのシステム連携でした。
専用のネイティブアプリの開発にはコストが掛かりますし、OSバージョンアップに伴うアップデートなど、メンテナンスも非常に大変です。その点、既存のLINE公式アカウントを土台に開発すれば、コストを抑えながら、これらの課題を解決できると考えました。そこで、LINE公式アカウントを運用していた広報課と、中央図書館、デジタルデザイン室の3部署が連携して、図書館へのLINE導入を進めることになりました。
日常に根付くLINEで、サービスの利便性と発信力を強化
大場 LINE導入後の、図書館利用者からの反響はいかがでしょうか。特に好評だったサービスや、使いやすくなったという声があれば教えてください。
澤田 デジタル図書館カードは好評でした。LINEで提示できるようになり、カードの現物を持ち歩く必要がなくなったことが評価されました。
横尾 特に50〜60代の女性から好評だったと聞いています。最初に一度、図書館アカウントとLINEを連携すれば、その後はログインしなくても、デジタル図書館カードや蔵書検索にアクセスできます。日常的に使うLINEと統合したことで、生活に根付いた図書館サービスを実現できました。
澤田 LINE自体が比較的高齢の方にも浸透したUIなので、図書館サービスのハードルも下げることができました。幅広い層にサービスを提供する上で、LINEはとても優れたプラットフォームだと考えています。
鈴木 トーク画面でおすすめの本をレコメンドしてくれる、「コレヨム?」もユニークな試みですね。
澤田 横浜市立図書館では、以前から、テーマや時期に合わせておすすめ本のリストを作成していました。今回はLINEの利用者層に合わせて新たにおすすめ本リストを作成し、そこからランダムに1冊を出力する形で実装しました。イメージとしては本のガチャガチャのような感覚です。
横尾 せっかくブックリストを作っても、見てもらえなければ良さを伝えることができません。忙しくて本を選ぶ時間がないユーザーに向けて、気軽に選択肢から選ぶだけで新しい本との出会いを提供するというコンセプトです。
鈴木 エンタメ要素のあるサービスは、LINEならではですね。ここまで利用者目線でのメリットについてお聞きしましたが、LINE公式アカウントを運営する職員の視点での、LINE導入のメリットについてはいかがでしょうか。
林 LINEに感じている最大のメリットはやはり発信力の高さです。ウェブサイトへのアクセス誘導などでも効果を感じていますし、庁内の他部署からもイベントの集客に役立ったとの声も届くため、情報発信に手ごたえを感じることがとても多いです。加えて、セグメント配信により、ターゲットを絞って発信することで、より効果的な広報活動を行うことができます。ただLINEは影響力が強く、ウェブサイトのように後から内容を訂正するのが難しいので、誤った内容のメッセージを配信しないよう、緊張感をもって運用しています。
我々としては、市民ニーズの高いサービスをLINEと連携することで、友だち登録者を増やし、発信力を高めたいという狙いがあります。横浜市立図書館は、粗大ごみや市営交通と並んで、横浜市のウェブサイトでも非常にアクセスが多く、ニーズが高いサービスです。図書館サービスとLINEの連携により、市公式アカウントの利用者をさらに増やせるのではないかと期待しています。
快適な利用者体験を実現するためのポイント
大場 LINEによる利用者体験を実現するために、意識していることがあれば教えてください。例えば、UIポリシーや運用ルールなどは定めていますか。
林 デザイン面では市のサイトのデザインや色味と揃えています。またリッチメニューについては極力シンプルな作りを心がけています。マジカルナンバーという考え方に基づき、メニュー内のボタンの数が最大8つに収まるようにしています。
また、多くの自治体はメニュー上部のタブをタップするとメニューが切り替わる仕組みを採用していますが、横浜市ではトップのメニューから生活情報と図書館の各メニューにアクセスするような作りにしています。図書館と生活情報でそれぞれ別々のAPIを使っていて、メニューの切り替えをきっかけにLINE Switcher APIでの接続先が切り替わっています。今後、API連携先のシステムが増える可能性があるため、整理がしやすいよう、APIの系統とリッチメニューを一致するようにしています。
鈴木 リッチメニューに観光情報などが載っていないのも、そのようなポリシーが背景にあるのでしょうか。
林 観光・イベントなどの情報は、基本的にはセグメント配信で情報提供していますが、市の重要事業施策などは個別にPRエリアで広報することもあります。プッシュ通知しすぎるとブロック要因になってしまうので、トップ階層の目立つ場所にPRエリアを置くことで、他の通知をしたときに、自然とお知らせが目に入るようにしています。
鈴木 確かにメッセージが多くなりすぎると、ブロックされるリスクも増えてしまいます。メッセージ配信について、気をつけていることはありますか。
林 配信頻度は1つのセグメントにつき1日1回、配信する時間は原則朝9時から夜の8時までに限定しています。ただし防災情報については、24時間配信する可能性があります。一昨年まで配信頻度は特に決めていなかったのですが、LINE Official Account Managerを見ると、配信しすぎるとブロックが増えることが分かりました。そのため、LINEを利用している各部署にルールを守って配信してもらっています。
鈴木 セグメントごとに1日1回配信とのことですが、配信する時間は決めていますか。効果的な時間帯などがあれば教えてください。
林 広報課は12時か18時に配信しています。友だち登録者には働いている世代の方が多いので、お昼休みや帰宅する時間を狙っています。ただ効果的な時間帯については、まだ手探りですね。
澤田 図書館のセグメントも午前11時配信・1日1件までとしています。複数希望があった場合は、優先順位を予め示しておいて重要なものを配信するようにしています。
LINE導入成功の秘訣とは
大場 図書館サービスへのLINE導入は、どのようにして進んだのでしょうか。開発の流れについて教えてください。
林 実際のところ、開発それ自体よりも仕様決めに時間が掛かりました。最初に検討したのは、図書館用の公式アカウントを独立して作るか、それとも自治体公式アカウントの中でサービスを提供するかという点でした。決め手になったのは、プッシュ通知による広報の利便性です。図書館のサービスだけでなく、図書館の広報も行いたかったのですが、地方公共団体プランが適用できるアカウントは1つだけなので、市の公式アカウントに統合することになりました。
仕様決めの中でも難航したのは、サービスの提供方法や導線の検討です。リッチメニューでサービスを提供するのか、それともFlex Messageから選択するのかなど、様々な先行事例を参考にしながら仕様を決めました。
リッチメニューを使うことが決まると、次に構成やデザイン、Messaging API周りの設計、LINE Loginの設定など、細部の仕様を詰めながら開発を進め、最終的には検証用アカウントでテストを行い、本番環境へ実装しました。
鈴木 LINE導入の過程で、大変だった点や成功の秘訣は何でしょうか。他の自治体に向けて、気をつけるべきポイントや、効率化のノウハウなどのアドバイスがあればお聞かせください。
林 苦労した点は、サービス連携の過程での各部署の関係者や、開発業者間の調整でした。今回は試行錯誤しながら進めたこともあり、仕様を何度か変更したことが、調整が大変だった一因だと考えています。今回の開発を通じて、だいぶ仕様決めの方針が整理できたので、次のサービス連携はもっと円滑に進められるのではないかと思います。
澤田 その方針を決める前提となるのが、何を実現したいのか目的を明確にすることです。他のLINE事例を、表面的に真似してもうまくいきません。LINEは自由度が高いからこそ、やるべきことを絞り込んで具体化していくことが、円滑な導入には欠かせません。
大場 確かに、LINEを活用するために何ができるか考えるのではなく、何がやりたいのかという目的が先にあって、その手段としてLINEを活用するのがあるべき姿ですよね。
横尾 私が重要だと感じたのは、ステークホルダー間の責任分界点を明確にすることです。例えば、LINE Developer Toolのセキュリティ権限の管理など、市と開発業者の間で、誰がどこまで管理するのかを取り決めておかないと、管理の空白が生じ、担当者の不在やタスクのたらい回しといった事態が起きかねません。そのため、全員で俯瞰しながら責任分界点を決めておくべきだと思いました。
情報発信からAI・ARまで スマートシティを支えるLINE
大場 LINE公式アカウントとして実現したいことや、追加したい機能など、今後の展望についてお聞かせください。
澤田 横浜市立図書館としては、セグメント配信により、図書館利用者への情報発信を強化したいと考えています。例えば、本市は子育て支援に力を入れており、配信セグメントには子育て情報というカテゴリもあります。夏にかけて親子向けのお話会など、子ども向けのイベントが多くなるため、セグメント配信と魅力的なイベント情報を連動させて発信したいと思います。
林 広報課としては今、リッチメッセージを使った情報発信に力を入れています。私が所属するシティプロモーション推進室は、『伝わる情報発信』を目標に広報・プロモーションを展開しています。文字よりも画像の方が読み手に伝わりやすいため、今後も読みやすく分かりやすい、質の高い画像を使った情報発信を推進したいと考えています。
また、現時点で具体的には決まっていませんが、今後も図書館のように、市民ニーズが高く、友だち数増加につながるサービスをLINEと連携していきたいと思っています。
鈴木 最後に、LINEに対して期待することや、LINEヤフーへのご要望があればお聞かせください。
澤田 他の図書館では、生成AIと組み合わせて、AIチャットでおすすめの本を提案するサービスも見かけるようになりました。我々も、今年1月のシステムリニューアルの際に、AIを使った蔵書探索サービスをリリースしています。AIの活用推進は、横浜市立図書館にとっても今後の検討課題なので、LINEと生成AIのインテグレーションに期待しています。
横尾 LINEの1ユーザーとしての意見ですが、LINEのAR対応に期待しています。LINEのカメラは、スマホ標準のカメラアプリよりも前から、QRコードの読み取りや文字認識をすることができました。LINEから起動しやすいので、私自身も良く使っています。同じような感覚で、LINEのカメラがARに対応したら、新しい図書館サービスを実現できるかもしれません。
鈴木 現状では、LINE上で生成AIのサービスを直接提供はしていませんが、LINEのトーク上でAIと連携してチャットボットを作ったり、LINEミニアプリに生成AIを組み込むことが可能です。またARについては、さまざまな企業でLINEとメタバースを組み合わせた地方自治体向けのソリューションを開発しています。
LINE公式アカウントの強みは、様々なサービスを、アプリのインストール無しに、シームレスに掛け合わせできることです。スマートシティのポータルとして、今後もLINEをご活用いただけたら幸いです。本日はありがとうございました。
(取材日: 2024年5月: 取材/大場沙里奈, 鈴木敦史, 鍋島理人)