デジタルとリアルの融合:西鉄グループのLINEを用いたDX戦略
大場 西鉄グループは、LINEを活用したDXを推進していると聞きました。具体的にはどのような取り組みを行っているのでしょうか。
浦志 西鉄グループは、LINEを活用して、各事業における顧客体験(CX)と従業員体験(EX)の向上を目指しています。そこで2021年2月に「LINEを活用した西鉄グループのDX推進に関する連携協定」を、LINEヤフーコミュニケーションズ(旧LINE Fukuoka)と締結しました。具体的には、西日本鉄道のグループ営業企画部と、LINEヤフーコミュニケーションズのスマートシティ本部が窓口となり、DX・ICT推進部や西鉄情報システムも参加して、定例会議の中で、西鉄グループからの相談や、LINEヤフーコミュニケーションズからの提案を議論しています。実際の企画が立ち上がったら、各事業担当者を交え、プロジェクトとして立ち上げるという体制です。
大場 かなり密接に連携しているのですね。LINEヤフーコミュニケーションズとの協業のきっかけは何でしょうか。
浦志 西鉄グループの側では、コロナ禍以前から、経営層を中心にトップダウンでDXを推進しつつありました。お客様のニーズに応え、人口減少の下でも生産性を維持するには、デジタル技術のビジネスへの活用が不可欠だからです。
西鉄グループはリアルなビジネスでは、バス、鉄道、不動産など、広範な事業と顧客接点を持っているのが強みです。しかしデジタルでは「顧客」のデータを取得する接点が少なく、ノウハウも不足しているのが課題であり、データを通して、それぞれのお客様に合わせた接客や、西鉄グループとしての総合的なサービス提供が必要でした。そこで目をつけたのが、月間9600万MAU(2023年9月末時点)を誇るプラットフォームであるLINEです。LINEというデジタル接点を活用しつつ、ネイティブアプリよりもユーザーの利用ハードルが低く、開発コストも抑えられメンテナンス性の高いLINEミニアプリを採用することで、デジタル施策を強化したいと考えました。このようにして、2020年10月頃に西鉄からLINEヤフーコミュニケーションズにご相談したのが協定締結のきっかけです。
横尾 一方デジタル接点は豊富ですが、リアルなビジネスでの接点がほとんどないのがLINEヤフーコミュニケーションズの課題でした。そこで、福岡市と協定を結び、公共DXに取り組んでいたのですが、民間ビジネスでも伴走できるパートナーを探していました。西鉄グループは、運輸、不動産、小売など、非常に幅広いビジネスを展開しているので、お互いの強みを活かしてサービス展開ができるのではないかと感じました。
DXの障壁を乗り越えるには現場目線が重要
大場 西鉄グループとLINEヤフーコミュニケーションズにとって、DXを進める際、障壁にぶつかったことはありますか。またそれをどのように乗り越えてきたのでしょうか。
黒木 DX推進には事業部側との連携が欠かせませんが、現場の改善やメリットなどが具体的な、「刺さる」提案をしないと、事業部側に本気で取り組んでもらえません。こちらが真摯に取り組んでいても、事業部の目線を欠いていたら、障壁を突破するのは難しいと感じました。
浦志 実際の事例でも、現場目線の重要性を認識した出来事がありました。西鉄とLINEヤフーコミュニケーションズとの最初の取り組みが、定期券発売所の混雑緩和でした。定期券発売所には月末の定期更新時期にいつも行列ができていたのですが、コロナ禍をきっかけに、密に集まる状態を解消するため、LINEによる順番待ち予約サービスを導入しました。しかし従来の対面販売も継続していて窓口の対応に混乱が生じるなど、従業員の運用には課題が残りました。この経験を通して、DXの障壁を乗り越えるには、CXの領域でお客様の利便性を高めるだけでなく、従業員側の運用、つまりEXも現場目線で改善する必要があると気付きました。
横尾 この知見は、サイクルトレインの取り組みで大いに活かすことができました。サイクルトレインは、LINEで予約すれば、自転車を電車に持ち込んで色々な場所へ行ける、観光MaaSです。実装に当たり、現場の駅員にヒアリングを行ったり、現地調査を行って掲示物の場所を検討したりするなど、徹底的なリサーチを行いました。その結果、駅員への問い合わせなどの負担を減らし、運用しやすいサービス設計を行うことができました。
LINEで変わる顧客体験と従業員体験
大場 それでは、西鉄グループとLINEヤフーコミュニケーションズの具体的な取り組みについて教えてください。LINEを活用したDX事例には、どのようなものがあるのでしょうか。
浦志 まずは順番待ちサービスの事例をご紹介します。
1つ目は、水族館「マリンワールド」内のレストラン「Reilly」の順番待ちミニアプリです。Reillyには、お昼になるとお客様が集中し、1時間以上のとても長い待ち行列ができていました。お客様にとってはストレスですし、お客様をお待たせすることを申し訳なく思っていました。そこで、QRコードを読み取ると受付番号を発行し、LINEで状況確認や呼び出し通知を受けとれる、順番待ちミニアプリを開発しました。その結果、「レストランの順番待ちの時間」を「水族館を楽しむ時間」に転換することができ、お客様の満足度を高めることができました。
2つ目は社内事例ですが、西鉄グループの健康診断とインフルエンザ予防接種の順番待ちサービスです。5日間の健康診断期間中に、西日本鉄道本社の従業員等が集中して受診するため、以前は最大2時間待ちの行列ができていました。そこでLINEで電子整理券を取得して、LINEで呼び出し通知が来るまで待機できるようにしました。その結果、自身の順番が来るまで仕事ができるようになるなど、従業員は各自待ち時間を有効に活用できるようになりました。
大場 先程の定期券発売所から発展して、様々な事業にLINEによる順番待ちが応用されていますね。利用者からはどのような反応がありましたか?
浦志 どちらの事例も、時間を有効活用できる点が好評でした。特にマリンワールドの事例では、水族館全体におけるお客様体験を向上できたと考えています。というのも、レストランに並んでいる間は水族館を楽しめないからです。レストランの待ち時間中、時間を無駄にせずにマリンワールドを楽しめるようになったことで満足度が高まり、再来館にもつながっていると感じています。
横尾 実際、口コミサイトでの「Reilly」の評判には「順番待ちアプリが良かった」というコメントが増えています。加えて、従業員視点では、ミニアプリを開いた時に友だち追加を促すことで、以前と比べて6倍の友だちを獲得できたのが喜ばれました。元々マリンワールドが好きな人が利用し、かつ便利な体験をした後なので、ブロック率も低いのが特徴です。今後は、お客様に向けてより効果的なマーケティングが可能になると思います。
松浦 健康診断の順番待ちも、従来の2時間のケースもあったと言われる順番待ちから解放されたことで、社員からは非常に好評でした。今やインフラとして当たり前になってしまって、無くなるとクレームになるかもしれません。一つ面白い点は、利用者のデータを取れるようになったことです。まだ有効活用できているとは言えませんが、混雑状況を元に、空いている時間帯をお知らせできるようになりました。データで見せることで、言葉で伝えるよりも説得力が生まれたと思います。
黒木 生産性の面でも、健康診断の待ち時間に要していた時間で仕事できるようになったことで、かなりの効果が出たと感じています。受診した従業員の待ち時間を考えると、大きなコスト削減効果があったと思います。
大場 ありがとうございます。その他に注目すべき事例があれば教えてください。
浦志 次にご紹介したいのが、AIオンデマンドバス「のるーと」の事例です。これはバスとタクシーの中間的なサービスで、お客様がアプリで予約して、指定の地点で乗車できるというものです。複数人での乗り合うタクシーのようなイメージですが、それぞれのお客様の予約を元に、AIが最適なルートを割り出し、それに沿って運行するのが特徴です。
「のるーと」は、交通手段が少なく、高齢者にとって不便な地域でも利用されるサービスです。基本的にはネイティブアプリでサービスを提供しているのですが、ネイティブアプリを使ってもらうには、アプリストアへのログインや、SMS認証など、様々なハードルがあります。私が「のるーと」を担当していたときには、公民館でアプリの使い方説明会を実施していたのですが、機種ごとの違いの説明、パスワード忘れへの対応などに苦労していました。一方、スマホ利用に苦手意識のある高齢者もLINEなら使えるという人はとても多いです。
そこで、LINEミニアプリから乗車予約できるようにしたところ、60代以上の利用率が、ネイティブアプリの3倍になりました。普段使っているLINEから予約できるようになったことで、心理的なハードルが下がったことと、サービスの特性にマッチした予約窓口が増えたことが、成功要因だと思います。それまで高齢者は「のるーと」を電話予約することが多く、コールセンターが空いてない時間は利用できなかったのですが、LINEでも対応したことで、いつでも気軽に予約できるようになり、ちょっとした買い物や通院にも出かけやすくなりました。
内製ならではのスピード感 LINE DXを支える技術と開発体制
大場 これらのLINEミニアプリの開発体制は、どのようになっているのでしょうか。
浦志 実際のLINEミニアプリの開発は西鉄情報システムが担当しています。連携協定の下で、各事業とプロジェクトを進める際は、スピード感を持って進めていけるよう、西鉄情報システムがバックアップする体制を整えています。
横尾 社内の状況やシステム仕様を熟知している、西鉄情報システムだからこそ出せるスピード感ですね。外部の企業に依頼すると、それらを理解するだけで、ものすごく時間が掛かってしまいます。
黒木 しかもグループで内製化することで、コスト面でも大きなメリットが出ています。
大場 ありがとうございます。どのようなAPIやクラウドを活用しているのでしょうか。また開発の際に苦労した点や、工夫した点があれば教えてください。
藤本 画面開発の際には、お客様が最小限の操作でサービスを利用できるように、無駄な部分を極力排除する工夫をしています。実際、LINEミニアプリを開くと、すでにログイン状態になっているため、利用者は直感的かつ迅速にサービスにアクセスできる点が非常に優れていると感じます。
お客様への通知には、LINEミニアプリのサービスメッセージ機能と、LINE公式アカウントのMessaging APIを用いています。サービスメッセージはシンプルな情報を確実に伝える点で優れている一方、Messaging APIはLINE公式アカウントを通じて届くため、強いエンゲージメントを生み出し、マーケティング施策に繋げやすいという強みがあります。これらをユースケースに応じて使い分け、通知を実装しています。
クラウドについては、主にAWSを使用しています。特に工夫したことは、開発者がアプリ開発に集中し、素早いサービスインを可能にすることです。そのためサーバ構築にはAWSのElastic Beanstalkを利用し、アプリのソースコードを準備すれば環境を自動で立ち上げてくれるようになっています。
浦志 さらに西鉄情報システムは、西鉄グループ以外の企業にもLINEの導入を提案する外販営業も展開しています。これまでの開発経験やLINE活用のノウハウを活かしながら、より広範囲にサービスを提供することで、新たな収益モデルを確立することを目指しています。
個別ビジネスの「点のDX」から あらゆるビジネスが連携する「面のDX」へ
大場 西鉄グループのDXと、そこから生まれるサービスは今後どのようになっていくのでしょうか。今後の展望をお聞かせください。
浦志 西鉄グループのDXは、まだ個別事業ごとの取り組みが多いです。そこでLINEを軸に、さまざまな事業におけるお客様とのエンゲージメントを深めることで、より包括的なサービス提供をしたいという構想を持っています。例えば、西鉄バスと西鉄ストアなど、あらゆる場面で西鉄グループのサービスをご利用いただいているお客様に対して、個別事業だけでは案内していない特別な優待を案内するなど、よりお客様に喜んでいただけることができるのではないかと思います。このような取り組みを実現するためにも、まずは「点」として個別事業の事例を積み重ねて、「線」や「面」としてLINEを活用する領域を広げていくことが重要です。またデータの利活用についても研究を続けており、今後さらに取り組みを強化していく予定です。
LINEを活用した事例を広げていくためには、西鉄グループ内での周知にも力を入れる必要があります。連携協定があるにせよ、実際には各事業部が主体となって取り組む必要があります。そのためには、各事業部が課題感をもって「こんなことができたらいいな」と思ってもらうことが必要です。そこで、社外向けの周知も兼ねて、「Nishitetsu DX with LINE」という専用のランディングページを設けて、事例の紹介を行っています。単なる事例だけではなく、経緯や目的など、一つ一つの取り組みを丁寧に取り上げることで、背景にあるコンセプトを伝え、各事業にどう応用できるか考えるきっかけにしてほしいです。
大場 西鉄グループとLINEヤフーコミュニケーションズそれぞれの立場で、DXはどのように進めていくべきか、考えをお聞かせください。
横尾 LINEによるDXでは、CXに関心が集まりがちですが、EXも重要です。先程の課題のように、お客様の利便性が向上しても、従業員の生産性が低下したり、負担が増えたりすることもあり得ます。現場の従業員に受け入れられなければ、取り組みは継続しません。企画提供者、お客様、現場の従業員といった全ての関係者に良い結果をもたらすよう、企画段階から、慎重にヒアリングしながら進める必要があると思います。
浦志 西鉄グループのDXの目的は、お客様の利便性を高め、福岡の暮らしをより便利で豊かにすることにあります。EXの向上とともに、DXの中核はお客様を中心に据えた取り組みだと考えています。これまでオフラインで推進してきた「お客様の生活を便利にする」という理念を、デジタルの領域でどのように実現していくかを、LINEヤフーコミュニケーションズとの協業の中で具体化していきたいと思います。
大場 ありがとうございます。最後にLINEへの期待や、改善すべき点などがあればお聞かせください。
浦志 LINEの魅力は、シンプルで使いやすく、幅広い利用者に親しまれているということです。今後も使いやすさを維持してほしいと願っています。
藤本 LINE APIの機能追加や変更の際の情報発信を強化してほしいです。当初と比べると、LINE公式アカウントでのチャットボットと有人チャットの併用や、LINEミニアプリでのクーポンのお知らせ機能など、知らない間に様々な機能が実現していました。我々もキャッチアップし続ける必要がありますが、それらをいち早く取り入れることで、サービスの体験向上に繋がるので、ご検討ください。
大場 貴重なご意見をありがとうございます。本日はありがとうございました。
Nishitetsu DX with LINE | 西鉄グループ × LINEヤフーコミュニケーションズの取組みを紹介するLPや具体事例を多数掲載
(取材日: 2023年12月: 取材/大場沙里奈, サポート/鈴木敦史)