LINE API Use Case
LINEが支える交流MaaS 〜 焼津市と東伊豆町のモビリティ実験の成果と、シビックイノベーションへの道
LINEが支える交流MaaS 〜 焼津市と東伊豆町のモビリティ実験の成果と、シビックイノベーションへの道
合同会社うさぎ企画 森田 創氏 / LINEヤフー株式会社 鈴木 敦史
2024年05月23日
昨年末から今年初めにかけて、東伊豆町と焼津市で、それぞれオンデマンド交通と交流イベントを組み合わせたモビリティ実験が行われました。全国でも類を見ない、交流に主軸を置いたMaaSは、地方創生の観点でどのようなメリットをもたらしたのでしょうか。今回のモビリティ実験をプロデュースした、合同会社うさぎ企画の森田 創氏にお話を伺いました。聞き手はLINEヤフー株式会社の鈴木 敦史が務めます。
合同会社うさぎ企画 森田創氏

合同会社うさぎ企画 森田創氏

合同会社うさぎ企画 代表
1974年5月、神奈川県川崎市出身。大手鉄道会社に23年間在籍し、広報課長を経て、日本初の観光型MaaSを伊豆半島で立ち上げた。2022年4月独立。「人づくり・場づくり・足づくり」のキーワードを掲げ、多様な人材マッチング、交流拠点の造成、交流と組み合わせたモビリティによる地域活性化を静岡県を中心に展開。静岡県焼津市の取り組みは経産省スマートモビリティチャレンジの国内8地域に選ばれた。国土交通省の国土審議委員会専門部会の委員も務めるなど、ポストコロナの新しい働き方・住まい方・移動を最前線で追求する姿は注目を集めている。

LINEヤフー株式会社 鈴木敦史

LINEヤフー株式会社 鈴木敦史

AWSなどのクラウドを使ったアプリケーション開発やプロジェクトマネージャーなど幅広い業務に従事。前職では、縁あって株式会社ヴァル研究所のmixway Bookingの開発に従事し、2022年から現職へ。LINE APIの啓蒙をミッションにソリューションアーキテクトとして、LINEを使ったアプリ開発の技術フォローとLINE APIを活用した企業のDX支援・ユースケースやサービス事例を外部発信するメディア「LINE API Use Case」のPMを担当。

交流型モビリティ実験の概要

鈴木 まずは東伊豆町と焼津市で行われた、交流型モビリティ実験の概要についてお聞かせください。

森田 東伊豆町では、2023年11月1日(水)~12月27日(水)に伊豆稲取駅3キロ圏で10人乗りのワゴン車によるオンデマンド交通「INAZUMA_SHUTTLE」を走行させました。住民や観光客のニーズを踏まえた36カ所の交流拠点を停留所として設置し、約40本の交流イベントを開催しました。57日間の乗客数は297名であり、実験前に掲げた目標値をほぼクリアしました。

焼津市では、2024年1月6日(土)〜3月24日(日)に、交流型モビリティ実験「つなモビ」第2弾を実施しました。今回は前回より大型化した6人乗りの「グリーンスローモビリティ(グリスロ)を導入し、36本の交流イベントと、交流スポットや焼津ならではの風景・お店など33カ所の停留所を設けました。79日間の乗車客数は580名であり、こちらも目標値に近い結果でした。

両実験に共通する目的は、町のファンを増やして関係人口化することです。運賃でマネタイズするというより、乗り放題にして何度も繰り返し移動してもらうことで、地域の商品を購入したり、その過程で何度も行き来して交流しながら、また町に戻ってきてもらう関係性を作ることを目指しました。

鈴木 両実験ともに、自治体のLINE公式アカウントから、LIFFアプリでオンデマンド交通の配車や決済ができました。実際に試してみて、どのような点にメリットを感じましたか?

森田 LINE経由でオンデマンド交通を利用してもらうことで、利用者のデータを取得できる点が大きなメリットです。特に、高齢の地元利用者は従来、電話での対応が主でデータを取りづらかったのですが、LINEを利用することでデータが取れるようになりました。これは今後、大いに役立つでしょう。また、新しいアプリをインストールしてもらうのは、プロモーションコストや労力が相当かかります。しかし、住民の半数以上がすでに登録している自治体LINE公式アカウントから利用できるようになったことで、利用者数を増やす点でも大きなメリットがありました。

交流MaaSで地域の担い手の発掘に成功

鈴木 それぞれの実証実験の成果について、地方創生に生かせるような取り組みがあれば教えてください。まず東伊豆町についてはいかがでしょうか。

森田 移動手段と移動目的を両方用意することによる相乗効果が確認できたことです。東伊豆町の交流イベントでは、英会話スクールやスマホ教室が非常に好評でした。東伊豆町のLINE公式アカウントで告知したところ、早々に満席になり、大きな反響がありました。その結果、モビリティ実験の終了後も継続しています。

もう一つは、交流イベントを通じて、移住者が東伊豆町に貢献しながら、活躍できる場を作れたことです。その英会話カフェの講師は、都内から東伊豆町の隣りの伊東市に移住してきた方でした。行政主体の施策では、地方創生の担い手として、自分の町の移住者だけを想定しがちです。しかし移住者にとっては、行政区分に関係なく、自分のスキルをその地域で生かせるかどうかが重要です。それに過疎化が進んでいる町には、猫の手も借りたいほどの課題が山積しています。行政区分を越えて町の担い手を見つけられたという点で、他の地域でも十分通用するモデル・実績を作れたと考えています。

鈴木 東伊豆町と焼津市で、移動手段が大きく異なっているのはどうしてでしょうか。

森田 東伊豆町でワゴン車を採用したのは、地形の起伏が激しくグリスロの走行に向いていないことと、高齢者の買い物需要が大きいことが理由です。2022年秋から半年間、約800名に交通の困りごとについてアンケートを取りました。すると、高齢者がまとめ買いに行きたいのに、タクシーが不足しているなど、交通手段が少ないという課題が浮かんできました。そこで、広さに余裕があり買い物袋を置いても相乗りできるワゴン車を採用しました。

一方、焼津市では、グリスロという低速の交通手段だからこその交流効果や体験価値に重きをおいています。昨年の1月にもモビリティ実験を行ったのですが、六割以上の利用者が市外の方で、いずれもグリスロに乗ってゆっくり焼津を回りたいという動機で来ている人でした。普段は行かない裏道をグリスロで走ることで、焼津の魅力を発見する機会となることを目指しました。

地域活性化の循環を生み出す MaaSが育むコミュニティ

鈴木 確かにそうですね。私も焼津でつなモビを利用しましたが、ゆったりとした雰囲気で裏路地を走りながら、潮風を感じたり、都会では見慣れない景色を楽しむことができました。

森田 グリスロは時速19kmしか出ないので、乗車した人は、人力車や馬車のようなアトラクション感覚だったのではないでしょうか。焼津は派手さがない分、町の良さが伝わるには少し時間がかかりますが、だからこそつなモビで時間をかけて人や町と向き合う姿勢がマッチしました。実際、つなモビ利用者の24%が、わざわざ自家用車から乗り換えて、中心街を周遊した方です。ゆったりと町をめぐる中でさまざまな人と交流しながら、焼津の魅力を発見する体験は、既存の交通手段では得がたいものです。

人と人、そして人と町のつながりを育むには、ゆったりとした気持ちが必要です。時間の流れが速い今だからこそ、その大切さがより一層際立つのではないでしょうか。

鈴木 「普段は行かない裏道」ということは、観光客だけでなく、焼津の地元住民にとっても、今まで知らなかった場所がたくさんありそうですね。

森田 仰るとおりです。自家用車で生活していると、寄り道する機会がないので、せっかく良い場所があっても気付かずに通過してしまうのです。そこでつなモビでゆっくり焼津を回りながら、停留所となるお店などで、周辺のスポットをおすすめしてもらう体験が重要になります。

その際の課題は、停留所のお店の人が、他の停留所についてよく知らないことでした。あまり休みが取れず、周辺スポットや他のお店に行く時間がなかなか作れないので、つなモビでお客さまが来て、おすすめを聞かれても答えに窮してしまうのです。

そこで試みたのが、停留所に関わる人たちをコミュニティ化することでした。まず、今回のつなモビにテレビの取材が4本入ったのですが、取材対象のお店の種類や場所が分散するように調整しました。取材を受けたことで、店主も自分事として情報発信してくれるようになり、顧客もそれを見てくれるので、つなモビへの好感度がどんどん上がっていきます。取材を受けたことで、店主もつなモビを利用しないわけにも行かず、積極的に利用するようになります。その結果、他の停留所の情報も入ってくるようになり、つなモビからの来訪者に他のお店をレコメンドできるようになります。また、レコメンドされたお店は、お礼にその人のお店を宣伝してあげる、といった循環も生じます。

鈴木 私もつなモビに乗った際に、店舗の人や運転手からチーズピゲというお菓子店をおすすめしてもらいました。実際に行ってみるとすごく美味しくて、妻も喜んでいました。こういった取り組みは、乗車客にも大きなメリットがありますね。

森田 「うちの停留所をわざわざ選んでくれた」ということで、悪く思う人はいないですよね。その結果、店主のホスピタリティが高まり、つなモビから来たお客さまに、絶対に親切にしてくれます。来訪者からすれば、つなモビは乗り放題なので、一度だけでなく、何度も周回して店主と話しながら交流や買い物を楽しむことができます。町にお金を落としてもらいつつ、来訪者も交流を通じて焼津が好きになってくれます。

また、停留所に選ばれなかったお店にもクーポンを出したり、デジタルマップ上で紹介したりする施策も大切です。自分事にすることで、自分もつなモビの魅力の一端を担っていると感じてもらうことが重要です。

逆説的ですが、つなモビの利用者を増やそうと思ったら、つなモビには乗らないけれども、応援してくれる人を増やすのが一番手っ取り早いです。その結果、地元住民と来訪者の双方に良い循環を生み出すことができたということが、大きな学びになりました。

MaaSならではの付加価値の大切さ

鈴木 今回のモビリティ実験を進めるうえで、バスやタクシーと言った既存の交通手段との競合はなかったのでしょうか。特に、既存の運行会社との利害関係の調整が難しいのではないかと思いました。

森田 東伊豆町については、ワゴン車を採用したものの、バス会社がモビリティ実験の運行主体であることや、タクシー会社も事業を縮小していたので、既存企業との競合はありませんでした。

焼津市のつなモビについては、ルートがバスやタクシーと重なる面もありました。しかし先ほど述べた通り、グリスロの利用者は、焼津をゆっくりと回りたい人です。一方、急いで目的地に向かいたい人はバスやタクシーを利用するでしょう。つまり交通手段の性質がバスやタクシーとは全く異なるため、マーケットも全く別物なのです。以前にもグリスロで実験を行っていたので、地元のバス会社やタクシー会社ともこの感覚を共有していました。

鈴木 なるほど。MaaSを企画する段階で、既存事業者と利害が競合しないように設計されていたということですね。

森田 通常、競合を避けようとすると、エリアを分けるなどの差別化が中心になります。しかしつなモビの良いところは、その乗車体験そのものが非常にユニークなので、その価値によって自然と棲み分けができたことです。既存の交通手段とは違う価値を求めているからつなモビに乗るのであり、その時点で自然に使い分けができているのです。

鈴木 最初から棲み分けを考えて企画するというより、交通手段にどういった価値をつけるかを考えることが、結果的に棲み分けにつながるということでしょうか。

森田 そのとおりです。むしろ、MaaSを企画するにあたって、棲み分けを目的にしてはいけません。追求すべきことは、MaaSならではの体験と価値を作り出すことです。提供価値が漠然としていると、提供エリアが少しでも重なれば、競合だとみなされ、既存の企業と不要な摩擦を生じることになります。私は6年前からMaaSに取り組んできましたが、最初は電車、バス、タクシー、自転車といった交通手段自体の話が中心でした。しかしつなモビに取り組む中で分かったことは、むしろ遅い交通手段を選ぶことで、利用者にまったく違う価値を提供できるということでした。利用者の求めるニーズに応じて、その時々で最適な乗り物が選べて、提供価値によって差別化できることが大切ですし、MaaSの面白さもそこにあると思います。

鈴木 ありがとうございます。既存の交通手段との棲み分けに悩んでいるMaaS事業者は多いと聞くので、今日のお話が課題解決のヒントになるのではないかと思いました。LINE Platformとしても、独自の体験と価値を作り出すことに貢献していきたいと思います。

知ることは愛すること シビックイノベーションを促すための心がけ

鈴木 地方創生につながるモビリティ実験を進めるにあたって、活動する際の心がけなどはありますか。もしよければ、今後地方でMaaSやDXに取り組む方々にアドバイスをお願いできますか。

森田 1つ目は「小さく始める」ことです。自分一人のリソースには限りがありますし、自分で良かれと思っていることが、他のステークホルダーにどう映るかは分かりません。むしろ、活動に賛同して価値を認めてくれる人を増やすことで、その人たちのコミュニティをも巻き込むことができます。つなモビも最初はとても苦労しましたが、「うちのツアーに使わせてくれ」と協力してくれる人も増え、最後の三週間で一気に利用者が増えました。自分で全部やろうとせずに、味方になってくれる人を無理なく増やしていくことが重要だと思います。

2つ目は、とても泥臭いですが、企画者自身がその町の魅力を体験しつくした上で、自分が良いと思ったものを提案することです。例えば、モビリティ実験の停留所を決める時には、まずは自分が好きだと自信を持って言える場所からリストアップを始めました。最終的には、住宅街の中での待ち合わせや時間つぶしがしやすいなど、様々な視点が反映されていますが、出発点は、自分が好きな景色、意外と地元の人が知らない名店、沢山の人に伝えたい文化などでした。すると「停留所にするならこちらの場所の方が良い」など、私の知らない場所を地元の人がお勧めしてくれます。まずは自分の思いがないと、地元の人に興味を持ってもらえません。逆にしっかりと自分の思いが乗った提案ならば、地元の人から良いフィードバックを得られ、さらに良い企画になります。

地域への貢献は「知る」ことから始まります。その人や町を知ると、良いところと課題が分かるとともに、関係がどんどん深まります。イノベーションという言葉を使わなくても、誰もが心の中に持っている、相手をもっと知りたいとか、その土地のことが好きだから自分も役に立ちたいという気持ちを生かすことが、地方創生の出発点ではないでしょうか。

鈴木 「知る」ことから始めるにしても、最初は誰かに教えてもらう必要がありますね。

森田 ここで、ちょっと面白い話があります。先ほどのチーズピゲの店主が仰っていたのですが、つなモビの良いところは焼津の新旧スポットを両方見れることだそうです。町が短期間で変わってしまうと、たとえ親子であっても、自分の知る町の姿にギャップが生じます。しかしつなモビに乗って焼津の新旧スポットを巡ることで、親子がお互いの知る焼津の姿を理解し合えるようになります。さらに孫も加われば、新しい世代に焼津の歴史と現在を伝えることができます。このような家族コミュニケーションが生まれるのも、つなモビの魅力です。

つなモビは、丁寧に時間をかけて「知ること」を促し、シビックプライドを育むためのツールです。究極的には、県外か地元かに関係なく、人と人との出会いや、町の風景、魅力、時間をかけて育まれる町への愛着が、シビックイノベーションの原動力になると信じています。次の実験でも、そのことを実証していきたいと思っています。

鈴木 最後に、今後の交流MaaSの展開や、他の自治体などに検討されている取り組みがあれば教えてください。

森田 今回の実験結果は、多くの自治体からの注目を集め、全国からの問合せが増えています。今後、焼津市や東伊豆町の事例を元に、様々な地域に交流型モビリティの取り組みを横展開できそうです。また焼津市では、次のステップとして、LINEを生かした関係人口の増加策にも取り組みたいと考えています。

鈴木 我々LINEヤフーも、地方創生の支援をさらに強化していきたいと思います。本日はありがとうございました。

(取材日: 2024年4月: 取材/鍋島理人, サポート/大場沙里奈, 鈴木敦史)

合同会社うさぎ企画
企業名合同会社うさぎ企画
URLhttps://usagi-kikaku.com/

会社の紹介情報

少子高齢化や人財不足に悩む地方部では、「人づくり・場づくり・足づくり」に取り組むことが、才能豊かなビジネスパーソンを誘致・定着させ、地域課題を解決する早道-その信念に基づき、複業人材やスタートアップなど多様な人材と地元企業のマッチング、コワーキングスペースなど外部人材と地元との交流拠点の造成、外部人材の広域周遊に向けたラストワンマイルモビリティの運営を同時に進める活性化を、静岡県を中心に展開中。

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