Catch&GoとLINEミニアプリによるフリクションレスなデジタル店舗
比企 Catch&Goは、NTTデータがCloudpickと協業し実現するサービスですが、両社が協業したきっかけについてお聞かせください。
新原 Catch&Go開発のきっかけになったのは、小売業界の人手不足に対する危機感でした。実際、コロナ禍を経て、人手不足はより一層深刻化しており、人手が不十分なのに新店舗のオープンを強行せざるを得ないといったケースが増えていると聞きます。そこで店舗運営の自動化を目指し、様々なスタートアップ企業との提携を模索したのですが、最も実績が豊富で、コストやスピード感の面でも優れていると感じたのがCloudpickの技術でした。こうして、両社は2019年から協業を開始しました。
比企 二子玉川駅構内にオープンした無人店舗「Lawson Go」では、Catch&Goを採用しているそうですが、Catch&Goの簡単な概要を教えてください。
新原 Catch&Goは、アプリでQRコードをかざして入店し、欲しい商品を手に取ったら、そのまま退店できる仕組みの、デジタル店舗ソリューションです。事前に、アプリにキャッシュレス決済手段を登録するので、レジを通す必要がなく、ウォークスルー決済を実現できます。
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デジタル店舗ソリューション「Catch&Go」
比企 今回、Catch&Goのパッケージを新規開発したとのことですが、どんな特徴があるのでしょうか。
秦 今回開発したパッケージでは、システムインテグレーション作業を除き、最速2週間(設備の施工・システム動作確認期間) ほどで新規出店が可能です。また入店アプリに、従来のネイティブアプリに代わり、LINEミニアプリを採用しました。利用客は、Lawson Goの公式アカウントを友だち追加して、決済手段を設定したのちに、入店用QRコードを表示することで入店できます。
比企 今回のLawson GoでLINEミニアプリを採用したきっかけや、採用後の変化について教えてください。
新原 利用客の多くが、最初に専用アプリをダウンロードして初期登録が必要なことに、抵抗を感じていたことが課題でした。そこで、多くの人が日常的に使っているLINEであれば、利用客のハードルを下げられると考えて、LINEミニアプリを採用しました。
LINEを採用した店舗は新規店舗のため、既存のネイティブアプリ店舗との定量的な比較はできませんが、アプリのインストールが不要になったことで、利用客のハードルが下がったと感じています。
比企 LINEを採用したことで、よりフリクションレスな購買体験を提供できるようになったということですね。既存の枠組みにとらわれず、LINEのメリットを評価して採用して頂けて嬉しいです。またCatch&GoとLINEが繋がることで、店舗運営の変革だけでなく、リテールメディアとしての様々な可能性も開けると感じています。
サイネージだけじゃない!アプリがリテールメディアの真価を引き出す
比企 本来リテールメディアは、アプリもセットで施策を考えるべきものですが、日本では店舗のサイネージ活用に終始している印象があります。もちろん、ネイティブアプリをダウンロードしてもらうのは大変ですし、決済アプリや会員証アプリはレジ前でしか起動しないので、リテールメディアとしてのアプリには難しい側面もあるのは事実です。
その点、今回のCatch&Goが素晴らしいのは、利用客が入店時にアプリを起動する、自然な導線が備わっていることです。またLINEミニアプリなので、ダウンロードのハードルもなくなります。もしリテールメディアに取り組みたいのであれば、Catch&GoとLINEを使った仕組みが、最もフリクションレスではないかと思いました。
新原 我々もかつて、カメラを棚に向けると、おすすめ商品情報が受け取れるという、ARソリューションを企画したことがありますが、ビジネス化には至りませんでした。比企さんの仰る通り、お店の中ではスマホを開かないからです。しかしCatch&GoとLINEの仕組みであれば、入店時からスマホを開いてもらえるので、再チャレンジできるかもしれないと思いました。他にも、色々な可能性がありますね。
比企 色々なことができますね。例えばCloudpickの技術なら、その商品の前で何秒立ち止まっていたのかもデータが取れるので、入り口のゲートで起動している店舗のオウンドメディアLINEミニアプリの表示を変えユーザーに訴求する事や、後でLINE公式アカウントからリテンションメッセージを送れるかもしれません。また、その際ECとも連携すれば、お店に置ききれない商品でも、その場で決済して、後で配送するといったこともできるようになるでしょう。宣伝に振り切ったショールーム的な使い方から、観光地でのお土産販売まで、様々なユースケースが考えられます。
新原 究極のOMOですね。
秦 そうですね。サンプル品を置けるのが実店舗の強みですよね。ただ、その場での決済や住所情報の入力は面倒くさいものです。入店時に住所情報を取得し、あとはクリックするだけで購入が済む買い物体験が実現できると、利用客が楽になります。
実は、Cloudpickのシステムには、店内に在庫がない商品も販売できる機能があります。例えば、現在Catch&Goの無人店舗にはコーヒーマシンのサービスがありますが、その代わりに、店内に陳列しきれない商品の見本を展示することも可能です。利用客は画面をタッチして、欲しい商品を選択します。あらかじめアプリに住所情報を登録しておけば、退店時には決済が完了し、あとは配送を待つだけです。
比企 実際、私もお土産を買いに行った際に、大きなものだと持ち帰るのが大変だったり、配送するにしても住所を記入するのが面倒で躊躇してしまいがちです。無人店舗であらかじめ住所情報を取得できるようになれば、より便利になりますね。
秦 住所情報を登録していない利用客は、後からLINEメッセージなどで通知して記入してもらってもいいですね。アプリというユーザー接点があることが、ものすごく大きな価値だと思っています。
比企 リテールメディアがアプリ込みになることで、限られた在庫や店舗棚に縛られず、お店というリアルな場とオンラインがシームレスで繋がる強みを訴求できるようになりますね。
生成AIとLINEミニアプリで店舗に来たくなる「楽しさ」を持続させる
比企 ただし、アプリについてはLINEでフリクションレスを実現しても、まだ課題は残っています。多くの人が、お店に興味を持ったとしても、中に入るのではなく、ただ覗き見るだけで満足して、通り過ぎてしまうそうです。利用客が店舗に入りたくなる理由を作ることが大切ではないでしょうか。
新原 私は、来店を促すうえで欠かせないのは、「楽しさ」という価値を提供することだと思います。というのも、お得さや便利さだけでは、例えば常連になってもらうために常にセールを実施するなど、消耗戦になってしまうからです。お得さ・便利さに加えて、「お店に行くと楽しい」と利用客に感じてもらえれば、単なる価格競争とは別の形で、店舗に足を運ぶ意味を提供できるので、結果的に強い店舗になると考えています。
比企 そこで必要になるのが、店舗のエンタメプラットフォーム化です。便利軸の追求だけでは行き詰まるので、エンタメ要素と組み合わせた楽しい店舗を作ることで、意味軸での来店を促すことに繋がります。また楽しいからこそ、リテールメディアとしてもより効果的に機能するはずです。
例えばCloudpickの技術なら、人の動きを検知できるので、便利軸だけでなく、さまざまな体験を提供するベースにもなると感じているのですが、エンタメ店舗の事例はありますか。
秦 実はCatch&Goの開発当初から、エンタメ要素を取り入れ、ワクワクしながら楽しく買い物ができるという視点を盛り込んでいます。例えば、入店時にアプリから流れる入店アナウンスを、自分好みにカスタマイズする機能があります。例えば、自分の好きなアイドルやアニメキャラの声で出迎えられたら、パーソナライズされたエンタメ体験を提供できますよね。ビジネスの立ち上げにはコストダウンが必要だったので、現在は直営店舗以外ではこうしたユニークな機能を導入していません。しかし、将来的には、エンタメ要素に本格的に取り組むつもりです。
比企 五感に訴える体験ですね。入店音声だけでなく、リテールメディアそのものを音声で展開しても面白そうです。例えば今、みんなイヤホンを着けているので、アプリの画面表示の代わりに、音声でコンテンツを提供すれば、利用客の視界を奪わず、かつ店舗のサイネージとも共存できます。そういえば、以前Cloudpickの行動認識技術と指向性スピーカーを組み合わせて、特定の位置に立った利用客にパーソナライズされた体験を提供しようというアイディアもありましたね。
秦 ありましたね。その時はセンサーと組み合わせて、音だけでなく匂いも出す構想がありました。
新原 ただし、店舗のエンタメ化にも課題があります。楽しさを維持するためには、絶えずコンテンツを変化させながら提供する必要があります。しかしコンテンツ制作は、人手もコストも掛かるので、継続的に取り組むのが難しいと言われています。技術の進化によって、コンテンツ制作がもっと手軽になり、持続的に運用できるようになると良いのですが。
秦 有望なアプローチの一つは、やはり生成AIの活用ですね。ここで、中国のあるメーカーの事例をご紹介します。
その企業は電子棚札とサイネージのメーカーですが、設備の卸売りという従来のビジネスモデルに限界を感じ、新たに電子棚札やサイネージを活用したリテールメディア事業を開始しました。しかし、リテールメディアのコンテンツを継続的に作る上で、やはり人手不足や高コストが課題になっていました。そこで、同社はコンテンツ制作を生成AIで支援するソフトウェアを自社開発し、オプションサービスとして提供しました。その結果、導入先店舗でのリテールメディア運営が容易になるだけでなく、同社にとっても設備の販促になるというメリットが生まれています。
比企 私からは、もう一つのアプローチを提案させてください。それは、LINEミニアプリのエコシステムを活用することです。
エンタメ機能やコンテンツを、店舗専用に独自開発するのは簡単なことではありません。しかし今、LINEヤフーのパートナー事業者が、エンタメや観光、コミュニティ機能などさまざまな分野で、LINEミニアプリを提供しています。これら事業者が提供するミニアプリを店舗用にカスタマイズすれば、コンテンツ制作の労力を大幅に軽減することができます。
この仕組みの起点となるのが、店舗のLINE公式アカウントです。まず、会員証や決済など、日常的に使われる便利軸のミニアプリが提供されます。さらにここに、エンタメなど意味軸の価値を提供するミニアプリが次々に繋がることで、オフラインにおける非日常体験をより手軽に店舗に導入できるようになります。我々は、このエコシステムを広げることで、より面白い店舗作りに繋げたいと考えています。
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イマーシブ・リミットレスのUX
そこまで実現できると、「このお店が好きだ」というファンが来店するようになります。するとファンが集まって、そのお店のコミュニティができるので、今度は店舗コミュニティのためのLINEミニアプリで、意味軸での店舗価値をさらに高める施策が打てるようになります。実際、LINEでコミュニティアプリを開発しているパートナーが2社あります。リテールメディアの次のステップは、店舗のエンタメプラットフォーム化から、最終的に店舗の「推し活」にまで持っていくことだと、私は考えています。
店舗の「推し活」化 on LINEで店舗変革から地方創生まで広がる可能性
新原 コミュニティができることで、消費者参加型の店舗づくりも可能になりますね。利用客にもお店作りの一端に関わってもらうことで、自分ごととして店舗に参加している実感が生まれます。そうすれば、お店への愛着が深まって、推しとして応援したくなりますよね。
秦 コミュニティ作りまで視野にいれると、地方創生の取り組みとも相性が良さそうだと思いました。地方では、人口が減少しつつあるからこそ、人が集まる場所作りを大切にしていると感じます。単なる商業施設の開発にとどまらず、地域コミュニティとしての役割を果たせるよう、さまざまなコンテンツを取り入れている施設も多いですよね。
比企 実際私は、店舗の推し活化を地方創生の文脈で応用したいと考えています。
多くの地方創生プロジェクトにおける要は、観光資源です。そして伝統的な観光資源がない地域は、例えばアニメとのコラボなど、聖地巡礼で人を集めるわけです。それでは、観光資源も聖地もない地域はどうするのでしょうか。
そこで私は、その場所自体にコンテンツそのもので送客する仕組みを考えています。例えば、ポケモンGOでは、ポケモンを求めて全国各地に人が移動し、時には思いがけない場所に人が集まることがあります。つまり観光資源としての価値が低い場所であっても、人を呼び込む方法はあるということです。
この図は、左から右に、旅行におけるカスタマージャーニーを表したものです。集客、計画、回遊、購買といった顧客の一つ一つの行動に対して、対応するミニアプリが存在していて、LINE公式アカウントから呼び出せます。そこから、コミュニティにも繋がっていて、利用者同士で質問しながらカスタマージャーニーをフォローしつつ、推し活の段階になったら、新規利用客も呼び込むことができます。先程のミニアプリによる店舗の推し活化と、良く似ていますよね。この地域の推し活化を実現するためにも、店舗のエンタメ化によるリテールメディア変革を推し進めたいというのが、我々のビジョンです。
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一期一会がDXされた旅
店舗とLINEが繋がることで世界が広がる
比企 最後に、LINE API UseCaseの読者にメッセージをお願いします。
新原 海外では、既にウォークスルー店舗は目新しいものではなく、AI活用を視野に入れるなど、一歩先を行っています。それらと比べると、我々はスタートラインに立ったばかりです。LINEの提供する様々な仕掛けを活用することで、Catch&Goにも新たな可能性が開けると感じています。
秦 コスト削減を目指すばかりだとワクワクしません。我々Cloudpickには技術がありますが、エンタメ化のためのコンテンツや世界観を作るには、NTTデータやLINEヤフーの力を借りる必要があります。利用客がワクワクしながら、楽しく買い物できるお店を増やしていきたいですね。
新原 どこかのお店をバズらせたいですね。こんなに面白いお店があるんだと世の中に気付いてほしいです。
秦 今は、SNSや動画メディアがものすごく力を持っているので、バズれるコンテンツさえ作れば、関心を集められますよね。
比企 本当に面白いお店を作りたいですね。本日はありがとうございました!
(取材日: 2025年2月6日: 取材/大場 沙里奈)