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MaaSから始まる地域DX〜市民と共創しながら独自のイノベーションを目指す塩尻市の挑戦
MaaSから始まる地域DX〜市民と共創しながら独自のイノベーションを目指す塩尻市の挑戦
塩尻市役所太田 貴也氏 / 株式会社MaaS Tech Japan清水 宏之氏 / LINEヤフー株式会社福田 真 / LINEヤフー株式会社 永松 冬青
2024年5月14日
地域公共交通は、人口減少や過疎化に伴う利用者の減少などにより、路線の減便や廃止、事業者の赤字運営など、様々な課題を抱えています。そのような中で、長野県塩尻市は交通DXを軸に、自治体と市民・企業が共創する独自の取り組みで注目されています。その要となるのが、LINEミニアプリによるMaaSアプリです。塩尻市は、MaaSアプリと官民共創の仕組みを活用して、どのようにイノベーションを起こそうとしているのでしょうか。塩尻市役所 太田 貴也氏と、MaaSアプリの開発を担当した株式会社MaaS Tech Japan 清水 宏之氏にお話を伺いました。聞き手はLINEヤフー株式会社 永松 冬青と福田 真が務めます。
塩尻市役所 太田貴也氏

塩尻市役所 太田 貴也氏

塩尻市役所 産業振興事業部先端産業振興室 主事。2015年 塩尻市役所入庁 市民生活事業部地域振興課 路線バス担当 /2021年 建設事業部都市計画課 地域公共交通計画策定業務 / 2021年 AI活用型オンデマンドバスのるーと塩尻の立ち上げ業務 / 2022年 産業振興事業部先端産業振興室 MaaS構築事業を担当

株式会社MaaS Tech Japan 清水宏之氏

株式会社MaaS Tech Japan 清水 宏之氏

株式会社MaaS Tech Japan 取締役CPO プロダクト開発統括。1999年4月 JR東日本情報システム入社。高速鉄道向け輸送管理システムのアーキテクト、プロジェクトマネジャーを担当。2016年5月日本マイクロソフト入社。主に運輸・物流業、建築・不動産業を担当するインダストリーマネジャーとして、会社横断、業界横断なソリューションの企画・提案を担当。2018年7月 MaaSとSmart Buildings & Spacesの専門部門の専任部長を兼務。2022年2月当社取締役CSO/プロダクト開発統括、2023年5月現職。

LINEヤフー株式会社 福田真

LINEヤフー株式会社 福田 真氏

LINEヤフー株式会社 マーケティングソリューションカンパニービジネスPF統括本部ビジネスソリューション開発本部ビジネスインキュベーション部UXデザインチームリーダー。2012年に自動車メーカー系金融会社へ入社。キャッシュレスの推進やモビリティスーパーアプリの企画に従事した後、2020年から現職。LINE公式アカウントやLINE APIを活用した新規事業開発を担当し、日本マイクロソフトおよびMicrosoft AzureパートナーとのMaaS・小売DXプロジェクトや、さとふるとの協業による「LINEでふるさと納税」を立ち上げ。

LINEヤフー株式会社 永松冬青

LINEヤフー株式会社 永松 冬青氏

LINEヤフー株式会社 マーケティングソリューションカンパニービジネスPF統括本部ビジネスソリューション開発本部ビジネスインキュベーション部UXデザインチーム。大手IT企業で建設業向けERPパッケージの開発に従事した後、オフィスやホテル等のDXソリューションを提供するスタートアップ企業にてEnterprise企業導入保守責任者を務め、2023年から現職。現在はLINE公式アカウントやLINE APIを活用した新規事業開発を担当しており、日本マイクロソフトおよびMicrosoft AzureパートナーとのMaaSプロジェクトをリードしている。

交通の負のスパイラルを打ち破れ

永松 塩尻市は、交通DXを中心に官民一体となった様々な取り組みで注目を集めています。それらの背景には、どのような課題が存在したのでしょうか。

太田 塩尻市では自家用車が主な交通手段となっています。これにより、例えば高齢ドライバーの事故リスクが高まる、自家用車の所有による家計への負担が大きくなる、駐車場確保、郊外化といったまちづくりへの悪影響など多くの課題が顕在化しています。自家用車依存が進行し、公共交通の利用者が減少すると、収益が悪化し、サービス水準は低下するといった負のスパイラルに陥ります。
塩尻市では、利用者の減少から1999年に民間バス路線が撤退し、市が路線バス事業を引き継ぎましたが、利用者の減少に歯止めがかからず、抜本的な対策が求められていました。

永松 今でこそ同様の課題に悩む地域が増えていますが、塩尻市は交通の負のスパイラルが早くから到来していたということですね。

太田 全国の地方都市が共通して直面している課題ですね。路線バスは住民のための重要なインフラとして機能しているので、国からも特別交付税の形で支援が提供されています。そのため不採算であってもかろうじて事業を維持できているのですが、いつまでも現状維持というわけにはいきません。そこで塩尻市では、2020年から官民共創による交通DXに着手しました。

永松 塩尻市の交通DXとは、具体的にはどのようなものなのでしょうか。施策の全体像や、目指している姿についてお聞かせください。

太田 大きな柱には、自動運転、AIオンデマンドバス、MaaSアプリがあります。
自動運転は将来的に有望な技術として、市内インフラと協調しながら、安全性を担保しつつ、市民サービスとして実装するための実証実験を続けています。ただし、自動運転だけでは直ちに公共交通の利便性を上げることには繋がらないので、すぐに効果の見込める様々なサービスを組み合わせて、新しいまちづくりの一環として施策を進めています。
人口の約8割が集中する市街地ではAIオンデマンドバス「のるーと」を運行し、「のるーと」でカバーできない既存集落などの領域を、路線バスや他のサービスで補完しようとしています。将来的には、これらのサービスに自動運転技術も活用する方針です。
そして、これらの様々な交通サービスを繋ぐポータルとして、MaaS Tech Japanと共同でMaaSアプリを開発しました。MaaSアプリにより、地域公共交通に関する様々なデータが取れるようになったので、それらを活用するためのダッシュボードによる可視化にも取り組んでいます。
交通DXは2020年から2025年までの5カ年計画で進めてきました。2025年までに自動運転レベル4に挑戦すること、そして「次世代交通がもたらす安心して便利に暮らせる地域社会の実感」を目標にしてきましたが、まだすべて実現できているわけではありません。そこで、現在はロードマップの解像度をより高めようと、その再整備に取り組んでいます。

福田 技術検証以上に、住民への価値提供を重視しているように感じました。やはり「地域社会の実感」は、塩尻市としてとても大事にしているポイントなのでしょうか。

太田 仰るとおりです。公共交通の利便性が上がることで、利用者を増やしつつ、市民が好きな時に快適に移動できることが交通DXの目的です。しかし、交通に限らず、塩尻市の地域振興における様々な領域への波及効果も期待しています。

交通イノベーションを生み出す 塩尻市ならではの地域振興

永松 官民一体で交通DXの取り組みを進める上で、塩尻市独自の地域振興の仕組みが大きく貢献していると聞きました。交通DXには、どのような仕組みを活用しているのでしょうか。

太田 交通DXを始めるきっかけになったのが、KADOという仕組みです。これは地域人材が安心して働ける仕組みとして、コワーキングとクラウドソーシングを組み合わせたワークシェアリングサービスです。地方ではフルタイムの求人が主で、時短で働ける仕事が少ないので、就労時間に制約のある方が、好きな時間に好きなだけ、安心して働ける仕組みを整備するために、外郭団体の塩尻市振興公社が運営しています。具体的には、振興公社が各地の企業や自治体からアウトソーシング業務を受託し、業務プロセスを細分化した上で、地域で働くワーカーに分配します。交通に関連する業務としては、のるーとの電話受付業務、自動運転用の3次元地図の作成などを請け負っています。

元々KADOで自動運転用3次元地図の作成を受注した際に、発注元の企業が、地図の作成だけでなく自動運転事業にも取り組んでみないかと声をかけてくれたのが、塩尻市が交通DXに取り組むきっかけになりました。そこから組織体制を整備して、徐々にDXの取り組みを拡大していったという流れです。

もう一つの要がcore塩尻です。2020年から自動運転やMaaSへの取り組みを始めて以降、多くの都市部の企業が塩尻市に集まるようになりました。交通DXだけでなく、他の領域にもサービスが拡大しつつある中、産官学民の垣根を超えて「共創」を生み出す拠点として、2023年6月にcore塩尻を開設しました。core塩尻の目的は、先端技術を駆使して変革を続ける共創センターとしての役割を果たし、産官学および地域連携を推進することにあります。core塩尻には現在9社が入居していますが、その多くが交通DXに関連する企業です。
今後さらに取り組みを加速させる中で、様々なセクターの方にcore塩尻を活用いただき、交通DXのみならず、全方位的に新たなサービスを生み出したいと構想しています。

永松 企業や市民との連携を促進する土壌を積極的に整備していますね。KADOやcore塩尻を活用した施策の例をいくつか教えていただけますか。

太田 交通DXの効果は、地域公共交通の利便性の向上のみならず、地域への愛着形成、新たな雇用の創出などのクロスセクター効果の発揮も期待しながら事業を進めています。

地域への愛着形成では、子育て世代の市民やその子供に向けて、core塩尻などでのイベントを通し、塩尻市と先端企業が新しいサービス開発に取り組む姿を見せながら、塩尻市に誇りを持ってもらうことを目指しています。例えば、学生向けに、学校で自動運転の実証実験を行ったり、自動運転の仕組みを説明するためのノベルティを作成したりしています。さらに、授業で自動運転を体験させたり、自動運転が塩尻市の発展にどのように貢献できるかを議論させる取り組みも実施しています。

地域への雇用創出では、KADOを活用しています。例えば「のるーと」を導入した際には、KADOを活用してオペレーターを集め、電話予約センターを設立しました。塩尻市は全国で2番目に「のるーと」を導入した自治体なので、多くの自治体から視察が来たのですが、どの地域も電話予約センターのコストで悩んでいました。そこで、「のるーと」の運営企業と協力し、他地域ののるーと電話受付をKADOのコールセンターで請け負える体制を確立しました。今では全国複数地域の電話予約をKADOで行なっています。

永松 市民が「のるーと」をただ利用するだけでなく、KADOを通して、塩尻市や他の地域の交通を支えているのがすごく面白いですね。

太田 KADOの仕組みは、他の地域にはない、塩尻市ならではの取り組みです。市民が単なるサービスの受け手ではなく、担い手としても参画をして一緒に事業を作っていく仕組みを作れるのが強みです。

福田 市民も連携しながら地域課題を解決する取り組みに、大きな意義と発展性を感じます。利用者体験(CX)だけでなく、業務体験(EX)の変革にも繋がるという意味で、特にユニークな仕組みですね。

地方自治体発 地域密着型MaaSアプリとは

永松 次にMaaSアプリについてお伺いします。「のるーと」など、様々な交通サービスの取り組みを同時並行で進めているとのことですが、そんな中でMaaSアプリを開発するに至った背景は何でしょうか。

太田 MaaSアプリの目的は、地域交通サービスを統合するポータルを作ることです。自動運転、「のるーと」、最近始まったシェアサイクルなど、塩尻市の交通サービスが充実する一方、導線がバラバラだと使いにくいですし、認知を広げていくのも難しくなります。そこで、入口を1つにしようというのが開発の意図です。このアプリを開けば、塩尻市周辺の交通サービスの情報取得と配車が行えます。ゆくゆくは目的地の情報を統合し、移動のインセンティブも含めて1つのパッケージとして提供することも構想しています。自治体が主体になったMaaSアプリはまだまだ少なく、かなりチャレンジングな試みです。

塩尻市規模の自治体では、開発コストに限りがあります。一方で、Googleマップのような、全国的に情報を統合した経路検索アプリは既にたくさんあるので、それらとの差別化も必要です。そこで我々は、公共交通への転換を最優先に、地域に根差した、生活者の視点で公共交通を利用しやすくする機能の開発に注力しています。

MaaSアプリのUI画像

MaaSアプリのUI画像


永松 このMaaSアプリの開発には、準備段階からMaaS Tech Japanが関わっているそうですが、MaaS Tech Japanが塩尻市の交通DXに関わるきっかけを教えてください。

清水 我々が参画したのは、2021年の広域連携MaaSアプリ実証実験、MaaSダッシュボード・データ連携基盤実証実験からです。最初の段階では、ヒアリングが中心でした。まず交通サービス利用時の不便さやユースケースなどについてアンケート調査を行います。その分析を通じて塩尻市にとって優先的に必要な機能を洗い出し、それに基づき最小限の機能を開発します。そして実証実験の際、実際に利用者に使用してもらい評価を行います。このプロセスを繰り返しながら、現在の形に近づけていきました。
2024年はこれまでの知見を基に、本格的な社会実装へ向けた取り組みを進めています。技術的課題解決は概ね目処が立っていますが、社会実装については、機能の有効性と開発・実装コストのバランスを考慮しながら、優先順位を付けて進めています。
LINEプラットフォームを採用したのも2024年からです。それまでは部分的な技術検証だったので、個別にWebアプリを開発していましたが、今後の様々なサービスの連携を考慮し、MaaSアプリはLINEミニアプリベースで実装することになりました。

LINEプラットフォームの魅力 開発しやすく利用者に確実にリーチ

永松 MaaSアプリにLINEミニアプリを採用したことで、ネイティブアプリやWebアプリなど他の選択肢と比較して、どのようなメリットがありましたか?

太田 LINEの良さは、高齢者も含めて幅広い年代が利用していて、既に操作方法を習得済みという点です。またUIがシンプルで見やすく、アプリへのログインのために個別にユーザー登録する必要もありません。一方、ネイティブアプリを使ってもらうには、最初に高いハードルを越えなければなりません。「のるーと」の導入地域に対しては、主に実証実験開始時に、アプリのダウンロード方法、使い方を習得いただくために、週2~3回説明会を開催し、対面でのフォローアップを丁寧に進めています。このように他の選択肢と比べて、ユーザーのハードルや説明コストが圧倒的に低く、初期ユーザーを取り込みやすいことがLINEに決めた大きな理由です。

清水 Webアプリとの比較では、LINEミニアプリへのアクセスしやすさや、ユーザー管理の仕組みをシンプルかつ一元的に実装できるので、ポータルを作りやすいというのも、LINEプラットフォームの魅力でした。加えて、ネイティブアプリでは後から機能を追加するのは大変ですが、LINEミニアプリなら、疎結合なので気軽に機能追加ができて、既存の機能との連携も容易になることもメリットです。

太田 MaaSアプリは今後も様々な機能追加を予定しています。機能が増えてもサービスが混在して見づらくならないように、リッチメニューのタブ切り替えを使って、UIを整理しようと考えています。LINEミニアプリは、そういった細やかな改修がしやすいことも魅力的ですよね。

もう一つ、LINEのメリットとして重要なのは、発信力の高さです。MaaSアプリとは別に、塩尻市広報が自治体公式アカウントを運営しているのですが、約2万8千人の友だちがいます。塩尻市の様々な部署が、市民への情報発信の際、効率的で即時に伝わるので、絶対にLINEを使うんですよね。塩尻市広報としても、LINEの柔軟性と発信力を高く評価しています。今後の課題ですが、公式アカウント間で協力して、MaaSアプリの認知をさらに高めていくための施策も検討しています。

公共交通を日常生活で使いやすく MaaSアプリの提供する価値

永松 これから機能追加を予定しているとのことですが、現状のMaaSアプリで中核となる機能はどのようなものでしょうか。

清水 今年開発した機能は、公共交通を利用するためのポータルとして、必要な最低限の情報を提供するものになります。利用者が主に知りたいのは目的地に向かうための方法です。そこで、施設のマップやリストから目的地を選び、移動手段を検索する「施設目的地検索」を提供しています。例えば、core塩尻を目的地に設定すると、移動手段の選択肢が表示されます。ユーザーは近くのバス停の場所や行き方を調べたり、バス停で「のるーと」を予約することも可能です。

また塩尻市は、東京のように交通手段が豊富で、頻繁に運行しているわけではありません。利用者がいつどこへ行くかは、時刻表に合わせて大体決まっていることが多いです。そのため、利用者が手軽に時刻表を確認し、目的地への往復時間や乗りたい便及びその前後の便の時間を把握できるように、よく利用するバス停を「マイ時刻表」に登録できるようにしました。

永松 MaaSアプリのユースケースとして、どのような使い方を想定していますか。言い換えれば、塩尻市民がどのように公共交通を利用し、その際にMaaSアプリをどのように活用する姿を想定しているのでしょうか。

清水 先ほどお話しした通り、弊社は、2021年の広域連携MaaSアプリ実証実験から開発に参加しました。ここで広域とあるのは、塩尻市民の実際の生活では、隣接する松本市への移動が必要になることが多いからです。その際、公共交通で目的地に向かおうとすると、かなり複雑な乗り継ぎが発生します。電車に乗って、さらにバスに乗って、といった複合的な交通手段を利用する必要があるわけです。しかし、東京のように交通サービスが充実しているわけではないため、利用可能な便は限られています。そこでMaaSアプリの開発は、広域移動をスムーズにするための、広域で連携する経路検索の技術検証や、移動の障壁となる要素のデータ分析から始まりました。

太田 実は、MaaSアプリの一番の活用シーンとして想定したのは、松本市内の病院への通院です。松本市には、いくつか総合病院がありますが、塩尻市にはありません。加えて、松本市には魅力的な大型商業施設も存在します。実際、私自身の日常生活でも、松本市に足を運ぶ機会は多いです。車を持っている人には移動に大きな不便はないかもしれませんが、高齢者など車に乗れない市民は、家族に送迎してもらうか、タクシーを利用するか、あるいは公共交通を使うしかありません。

目的地までの公共交通がシームレスにつながり、アプリ上で経路検索ができ、最終的には決済まで一元管理できるシステムがあれば、車に乗れない市民の困りごとを解決できるかもしれません。そこで、ユースケースとして広域移動における課題解決を目指したのが、MaaSアプリ開発のきっかけになりました。

永松 塩尻市民にとって、松本市は生活圏として強い影響力を持っているんですね。

太田 はい。塩尻市は松本市のベッドタウンとしての側面があり、松本市に勤務しながら、塩尻市に居住地を構える人が多くいます。住民の生活の上では行政区分は関係ないので、同じ経済圏内における公共交通の利便性を向上することを目指しています。
また徐々にですが、行政間の連携も進んでいます。交通DXの取り組みにも、MaaSアプリをきっかけに松本市と安曇野市との連携体制も強化されました。これまではお互いの自治体の取り組みについて知らないことが多かったので、まずは情報共有から始めて、広域サービスの開発に繋げたいと思います。

MaaSアプリのデータを可視化して改善に繋げる

永松 先ほど、MaaSアプリから様々なデータが取れると聞きましたが、具体的な指標の計測や目標設定はどのようにしていますか?

太田 MaaS Tech Japanと連携し、MaaSアプリからのログデータを可視化するダッシュボードを構築しています。このダッシュボードでは、どのようなユーザーがアプリを利用しているのか、どの機能が使用されているのかなどの情報を、職員が日々チェックできるようになっています。

現時点では明確なKPIを定義していませんが、2024年度には社会実装フェーズに移行します。すると、ランニングコストに見合うだけ、塩尻市民の利便性の向上や生活の質の改善に貢献したか、説明する責任が生じます。つまりKPIやKGIを設定して、行政としての費用対効果を正確に見極める必要があります。そこで、ダッシュボードを効果測定ツールとして最大限活用し、PDCAサイクルに基づく継続的な改善を定着させたいと考えています。特に注視しているのは、利用者数です。MaaSアプリにより、公共交通の利用者がどれだけ増えたか、特にこれまで公共交通を利用していなかった市民をどれだけ取り込むことができたか把握することは、最も重要かもしれません。

もちろん、データだけではなく、直接市民の声を聞くことも重要です。機能評価のためのアンケートに加えて、core塩尻で行われるイベントも、利用者の声を聞く機会として活用しています。

LINEヤフー株式会社 中村優輝と東急株式会社 吉井光生氏・井上隆二氏

対談をする株式会社MaaS Tech Japanの清水宏之氏、塩尻市役所の太田貴也氏、LINEヤフー株式会社 永松冬青、福田真



MaaSアプリ普及の鍵は ワクワクする情報とインセンティブにあり

永松 MaaSアプリの開発を進めるに当たり、課題に感じていることがあれば教えてください。

清水 基本的な機能が揃ったので、次に取り組むべきことはMaaSアプリの利用シーンを増やすことです。特に塩尻市は自家用車で移動する人が多く、公共交通を使う選択肢が最初に出てきません。MaaSアプリを起点に、公共交通サービスへの導線を整備し、塩尻市民の認知を高めることが課題です。

今計画しているのは、LINEのプッシュ通知とメッセージ機能を活用して、目的地のイベント情報と公共交通での行き方を、セットで配信することです。例えば、MaaSアプリの公式アカウントでcore塩尻のイベント情報を配信し、クリックすると公共交通での行き方が分かり、そのまま「のるーと」などで目的地への交通手段を手配する、といった一連の導線を作ることで、認知を広げていくような仕組みを実装しようとしています。また塩尻市には、自治体公式アカウントや各施設、イベント主催者など、様々なLINE公式アカウントがあるので、それらと連携して、配信メッセージにMaaSアプリへのリンクを入れてもらうことも考えています。

太田 加えてポイント機能など、公共交通を使うインセンティブを実装することも計画しています。公共交通ポータルとしての機能も重要ですが、単に運行情報を見れたり、LINEから「のるーと」を利用できるだけでは、自家用車より魅力的な交通手段にはなりません。そこで、公共交通を使うとポイントが貯まり、地域経済に貢献する形でポイントを利用できる仕組みを検討しています。加えて、施設目的地検索もさらなる拡充が必要です。現状の施設目的地検索は、行政施設や病院、子育て、教育といった基本サービスに偏っていますが、ユーザーがワクワクする場所の情報も増やしたいと考えています。

永松 利用シーンの作り方は、どのMaaSの取り組みでも試行錯誤していますね。お話を伺うと、富山県朝日町の町おこし施策「ポHUNT」※と近い仕組みを構想しているように感じました。ゲーム的なインセンティブを盛り込みながら、当たり前に使ってもらえるようにすることが次のステップですね。

※ポHUNT:LINEミニアプリ上で、商業施設に設置されたQRコードの読み込みや健康情報にふれることでポイントを獲得できる施策。このポイントを使って景品応募や地域ごとの対抗戦を行うことで、移動と健康活動をゲーミフィケーションする仕組み。
参考:

太田 はい。詳細は検討中ですが、出発地・目的地の様々なコンテンツと組み合わせてサービスを作ろうとしています。以下は例えばの話ですが、子育て世代向けに、MaaSアプリに「子供と一緒にお出かけ」カテゴリを設け、子供向けイベントの紹介と会場への行き方をセットで案内すれば、子供は喜びますし、親も公共交通を使うことでポイントを貯めることができます。またイベント主催者の集客にも貢献できます。

清水 ワインの試飲イベントとも、相性が良さそうですよね。自家用車で出かけたらお酒が飲めないので、MaaSアプリで公共交通を使ってもらうことで、気兼ねなく楽しめるようになります。

太田 このようにインセンティブとセットで、より地域にフォーカスした仕掛けを生み出せるかが、MaaSアプリ普及の鍵を握ると考えています。その際、行政主体で進めるとコスト面の制約もあり、対象が限定されてしまいがちです。そこでKADOの仕組みを上手く使って、企業や市民と協力しながら、コストを抑えつつ地域情報を拡充したいと構想しています。

交通DXのその先 全方位的な地域DXに向けて

永松 最後にMaaSアプリや交通DXについての、今後の展望があればお聞かせください。

清水 開発側としては、太田さんの所属する先端産業振興室が、DX部隊としてリーダーシップを取りながら事業を進めていることを心強く感じています。またKADOとの連携など、視野の広い取り組みができる体制があるのが、塩尻市の強みです。サービスが交通に閉じてしまうと、他の市民サービスとの連携が難しくなります。交通サービスを利用する動機づけには、交通以外の要素が重要になるからです。その点塩尻市は、さまざまな分野の連携を前提としてDXを進めているのが素晴らしいです。MaaSアプリは、公共交通の利用を促進する施策で、観光産業や民間団体とコラボするためのプラットフォームとして活躍してほしいと思います。

太田 2024年度は、いかに市民にMaaSアプリを定着させ、ファンを獲得していくかに注力したいと考えています。先程の構想に加え、ターゲット層の明確化や説明会などのマーケティング活動を通じてユーザーを増やしていく方針です。例えばcore塩尻のイベントでは、清水さんにも講演してもらい、塩尻市民66,000人が年に1回だけ公共交通を利用することで、収支率がどれだけ改善するか分かりやすく伝えています。市民一人ひとりが自分事として課題を捉え、年に1回でも行動してもらえたら、大きなメリットがあるということを実感してもらえたらと願っています。

永松 MaaSアプリのこれからの発展がとても楽しみですね。施策が進むにつれて、塩尻市ならではの特色がより色濃く発揮されるのではないかと思いました。本日はありがとうございました。

(取材日: 2024年3月: 取材/大場沙里奈, サポート/鈴木敦史)

塩尻市役所 ロゴ画像
企業名塩尻市役所
URLhttps://www.city.shiojiri.lg.jp/

会社の紹介情報

塩尻市は、長野県のほぼ中央に位置し、豊かな自然の恵みと快適な都市機能を併せ持つ田園都市です。目指す都市像には「多彩な暮らし、叶えるまち。ー田園都市しおじりー」を掲げています。特に子育て支援や住環境整備の重点化によって「暮らしやすさ」「子育て環境」の充実化を図るほか、「えんぱーく」「えんてらす」「スナバ」「core 塩尻」などの交流拠点によって関係人口との交流や産官学民連携による地方創生の取り組みを積極的に推進しています。

株式会社MaaS Tech Japan ロゴ画像
企業名株式会社MaaS Tech Japan
URLhttps://www.maas.co.jp/

会社の紹介情報

「100年先の理想的な移動社会の基盤を構築し、移動社会を高みにシフトさせる」ことをビジョンに掲げ、移動する人・移動させる事業者・移動の先にある目的を繋いで最適化するスキームとソリューションを社会実装することを見据え、モビリティをより連動させるために、モビリティデータの連動を支えるデータ活用・分析プラットフォーム、モビリティサービスの連動を支援するMaaSプラットフォームの開発・提供を行っている。

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