Webサービスの縁の下の力持ち Cloudflareとは?
三浦 私は、Cloudflareの勉強会に登壇したことをきっかけに、Cloudflareを試しているのですが、開発者視点で便利なサービスが多く、とても気に入っています。開発者に向けて、Cloudflareとはどのような会社か、改めてご紹介をお願いします。
亀田 Cloudflareはインターネットをより安全にするというビジョンの下、2009年に設立された会社で、現在はニューヨーク証券取引所に上場しています。我々はCDNを皮切りに、Webサイトやサービスの安全性の確保、最適化、および高速化のための様々なサービスを提供しています。インターネットバックボーンで活動する企業のため、一般の人が直接Cloudflareを目にすることは少ないかもしれませんが、日本企業にも多数採用されています。現在、世界300都市以上、500以上のデータセンターを展開し、日本では4都市に10カ所のデータセンターを運営しています。
三浦 Cloudflareは企業向けだけでなく、個人開発者が手軽に使えるサービスも提供されていますね。最近では、大手ドメイン管理サービスの撤退が話題になりましたが、いち早く対応を表明されていましたね。
亀田 はい。Cloudflareは廉価なドメイン管理サービスも提供しています。多くの開発者は、.devドメインを取得するために大手ドメインサービスを利用していたそうですが、Cloudflareは対応していませんでした。しかし、撤退発表から数時間後には、Cloudflareも.devドメインに対応することを発表し、多くの開発者から反響がありました。
三浦 もっと早くCloudflareのサービスを知っていたら、私も最初からCloudflareでドメインを作っていたと思います。その他にも様々な取り組みをされていると聞きます。
亀田 Project Fair Shotという取り組みでは、コロナワクチンの予約サイトの混雑を緩和するため、Cloudflareの技術を国内317の自治体に無償提供しました。また世界最速のDNSリゾルバ1.1.1.1を、コンシューマ向けに無償で公開しています。この他、アプリケーションやセキュリティのサービスについても、Freeプランを提供しています。
三浦 クレジットカード登録無しでFreeプランを利用できるのは、開発者が個人でサービスを開発したり、技術検証を行う際にとても便利だと感じました。利用のハードルが低いという点が魅力的ですね。一方、たくさんのサービスを無料提供するのは、かなり大変ではないかとも思いました。
亀田 まずは、インターネットを安全にするという我々のビジョンを広く認知してもらうことが重要です。無料サービスの提供は、そのためのきっかけ作りでもあります。開発者を始め、インターネットに関わる方々の要望を迅速に取り入れ、我々のサービスを広く使って頂くことが、長期的に我々自身の利益にも繋がると考えています
三浦 Cloudflareには、開発者フレンドリーな気風を感じますね。今後、国内のコミュニティも、ますます成長していくのではないでしょうか。
LINE APIとも相性抜群!開発者にとってのCloudflareのメリット
三浦 Cloudflareを触っていて、便利さに驚きました。例えば、Cloudflare Workersなら、複数のサービスを組み合わせなくても、シンプルにWebアプリをデプロイできます。また、Cloudflare Zero Trustなら、煩雑なネットワーク設定なしに、簡単にVPNをセットアップできます。開発者の痒いところに手が届くサービスという印象を持ちました。
亀田 多くの方は、CDNと言えば、オブジェクトのキャッシュや通信の最適化機能をイメージすると思います。しかし現代のCDNは大きな進化を遂げており、Jamstackサイトのホスティングなどを、CDN単体で完結することもできます。そのため、小規模なサイトやアプリケーションのホスティングでは、Cloudflareだけで事足りる場合もあります。
三浦 他にも、Cloudflare Durable ObjectsやWorkers KVといったデータベースサービスも提供されていますよね。一般的なクラウドサービスと、Cloudflareの違いはどのような点にあるのでしょうか。
亀田 Cloudflareの最大の特徴は、セキュリティ機能とアプリケーションや通信のパフォーマンス最適化を、同じ1つのデータセンターから提供していることです。実は、元々Cloudflareはセキュリティを専門とする会社でした。しかし、セキュリティの強化には、ユーザーのリクエスト処理が遅くなるトレードオフが伴います。そこで、同時にアプリケーションや通信を高速化する機能も提供することで、ユーザー体験を損なうことを防ぎながら、セキュリティを強化できるのです。
同時に、Cloudflareのサービスは、全世界のデータセンターで等しく動作するよう設計されています。これは、ユーザーに一番近いデータセンターで、コンテンツ配信や、データ処理などのアプリケーションを実行できることを意味します。結果として、Cloudflareのサービスは、CDNやセキュリティサービスの枠組みを超え、エッジコンピューティングの領域でも、高い評価を得ています。
三浦 ユーザー体験の観点では、ユーザーに一番近いデータセンターで処理できるのは大きな強みになりそうですね。開発者にとって、Cloudflareのサービスはどのようなメリットがあるのでしょうか。
亀田 1つ目は、APIの保護です。Cloudflareは全世界のインターネットトラフィックの約20%を管理していますが、そのうちの約60%がAPIの通信です。既に、ブラウザからのリクエストより、APIの方が通信量が多いのです。APIセキュリティは今後極めて重要になるので、Cloudflareが特に力を入れている領域でもあります。
特にLINEミニアプリやLINE Botでは、LINE APIだけでなく、サーバーサイドのビジネスロジックや、外部サービスとのAPI通信が頻繁に行われます。しかし、APIは外部の攻撃者からも狙われやすいポイントです。ユーザー体験を維持しつつ、ユーザーの安全性や信頼感を高めるためには、APIセキュリティが欠かせません。その点で、様々なセキュリティ機能と通信の最適化がセットになっている、Cloudflare WAFは、開発者と極めて相性が良いのではないでしょうか。
2つ目は、ユーザー体験の向上です。Cloudflareのエッジコンピューティングは、OMOのようにリアルとオンラインが融合したハイブリッドなサービスで威力を発揮します。具体的な例を挙げると、近年、レストランのテーブルオーダーのように、LINEを使って商品を注文したり、サービスをリクエストする店舗が増えてきました。このようなサービスは、Cloudflareととても相性がいいと思います。なぜなら、その店舗にいるユーザーのリクエストは、全て同じデータセンターにルーティングされるので、ユーザーを待たせることなくレスポンスを返すことができるからです。
三浦 極端な話、LINEミニアプリの運用も、まるごとCloudflareだけで完結できるかもしれませんね。
亀田 データの完全性が求められる用途では、注意が必要です。というのも、Cloudflareのデータベースは、世界中のどのデータセンターからも書き込みできるからです。そのような結果整合性ではなくACID特性が強く求められるような用途では、他のクラウドデータベースと組み合わせるのが良いでしょう。例えば、ECサイトでカートに商品を入れる処理はCloudflareのエッジで行い、購買トランザクションはクラウドで処理するというようなアーキテクチャが、今後主流になるのではないでしょうか。ただCloudflareのサービスは日々進化しているので、将来的には他のクラウドとの垣根はなくなるかもしれません。
SPAからSSRへ ユーザー体験とエッジコンピューティング
三浦 エッジコンピューティングは、ユーザ体験向上という観点で、重要な技術になりますね。一般的には、IoTやOMOといった文脈で注目される技術ですが、Web開発者全般にとっても大きな影響があると聞きます。
亀田 背景にあるのは、Googleが提唱するCore Web Vitalsという指標です。Core Web Vitalsでは、ページの主要コンテンツのレンダリング速度やユーザーのアクションへの反応速度が重視され、今後はSEOの指標としても重要になります。
Web開発者との関わりで問題になってくるのは、SPA(シングルページアプリケーション)です。SPAは、複雑なアプリケーションを容易に開発でき、最初のHTMLとJavascriptの読み込みが速いので、SEO面でも有利でした。そのためSPAの開発が流行しましたが、フロントエンドでの複雑な処理の結果、実際にユーザーが体感する読み込み速度や反応速度が低下するという問題が生じました。Core Web Vitalsは、こうしたユーザー体験とサイト評価が乖離する状況の是正を目指しています。そこで今、改めて多くのフロントエンド開発者で導入が検討されている技術が、複雑なレンダリングをサーバー側に任せる、SSR(サーバーサイドレンダリング)です。
SSRでは、クラウドよりも、できるだけユーザーに近いエッジで処理した方が、読み込みが早くなり有利です。元々Cloudflareの各地のデータセンターには、それぞれプログラムの実行基盤やストレージが用意されていて、SSR用の基盤を提供する素地がありました。また、SSRにはキャッシュが効きにくくなるという問題がありますが、それもCDNの側で処理をすれば解決できます。上記の理由から、Cloudflareはフォレスターリサーチのエッジコンピューティング領域におけるレポートで、一般的なクラウドベンダーを引き離し、リーダーと評価されています。
三浦 SSRが主流になると、開発者にとっての技術の選択肢や組み合わせが大きく変わりそうですね。
亀田 はい。エッジコンピューティングは、今後フロントエンドの開発者にとって、必須の技術になるのではないかと思います。
LINEとCloudflareで安全・快適なサービス開発を
三浦 最後に、Cloudflareから開発者へのメッセージをお聞かせください。
亀田 Web開発やクラウドコンピューティングの発展に伴い、CDNも、通信の高速化だけでなく、セキュリティの維持やアプリケーション基盤など、さまざまな機能を提供するようになりました。ユーザー体験の観点から、ユーザーにより近いデータセンターでの処理のニーズが高まる中で、今後は単一のパブリッククラウドだけでなく、Cloudflareも含めたマルチクラウドのアーキテクチャが重要になるでしょう。一方、LINEは優れたユーザーインターフェースを提供しますが、サービス提供には、外部のクラウドやAPIとの連携が欠かせません。ユーザー体験を損なわないためには、パフォーマンスを意識したシステム設計が必要です。その意味では、LINE APIとCloudflareは、開発者にとって相性のいいツールになると思います。
三浦 本日はありがとうございました。
(取材日: 2023年6月: 取材/鍋島理人, サポート: 河本貴史, 大場沙里奈, 鈴木敦史)