HR領域が抱える課題〜若手の離職、人的資本経営
中村 SkillBoxは、社内コミュニケーションや若手教育における課題解決を目指していると聞きました。具体的にはどのような課題が存在するのでしょうか。
藤巻 近年、大きな問題になっているのが、新入社員の離職率が高いことです。厚生労働省の調査によれば、就職後3年以内の離職率が大卒者でも32.3%に上ります。人材育成に投じたコストが無駄にならないよう、多くの企業が離職率を下げるための取り組みを始めています。加えて、企業に対して人的資本経営を求める動きが強まり、従業員のエンゲージメントや離職率など、人的資本に関わる情報開示を求められていることも、離職対策の後押しになっています。
中村 新入社員の離職率が高い背景には、どのような理由があるのでしょうか。
藤巻 退職理由として大きな割合を占めるのが、社内の人間関係、特に上司など、年齢差が大きい社員とのコミュニケーションギャップだと考えています。
リクルートマネジメントソリューションズが毎年行っている「新入社員意識調査」によれば、新入社員が上司に期待することとして、2023年度の調査で最も多かった回答が「相手の意見や考え方に耳を傾けること」「一人ひとりに対して丁寧に指導すること」でした。一方、10年前の同じ調査と比較して過去最低を記録したのが、「仕事に情熱を持って取り組むこと」「言うべきことは言い、厳しく 指導すること」でした。つまり今の新入社員が求めるものは、強いリーダーシップではなく、丁寧な指導だということです。しかし、この変化に上司の側の感性が追いついていないことが、コミュニケーションギャップを生み出す一因ではないかと考えています。
佐々木 もう一つのコミュニケーションギャップの要因として考えられるのが、デジタル化です。現代の新入社員は、デジタルネイティブ世代でもあります。SNSを通じてデジタルコミュニケーションに慣れ親しんだ世代なので、リアルありきだったベテラン世代とはコミュニケーションの形も異なります。そのため、人材育成においては、リアルな方法だけでなく、デジタルな手段もより活用する必要があると考えています。そこで開発したのが、SkillBoxというサービスです。
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解決の鍵はメンター制度にあり SkillBoxとは?
中村 SkillBoxを使うことで、どのようにコミュニケーション課題を解決できるのでしょうか。サービスの概要や使い方について教えてください。
藤巻 SkillBoxは、メンター制度を支援するソリューションです。簡単に言えば週報機能がベースになっています。新入社員には、週報の記入を促す通知が来ます。週報が記入されると、メンターとなる先輩社員にスタンプやコメントといったリアクションを促す通知が来ます。メンターがリアクションすると、新入社員側にまた通知が来て、リアクションを確認するよう促されます。こうして新入社員との会話のきっかけを作ったり、ポジティブなフィードバックを繰り返したりすることで、組織へのエンゲージメントを高める仕組みです。
中村 HRコミュニケーションが、メンター制度の支援に着目したきっかけはなんでしょうか。
藤巻 SkillBoxを開発した当初は、上司と新入社員のコミュニケーション支援を想定していましたが、実際の現場では運用がうまくいかないことがありました。試行錯誤するうちに、世代が離れすぎると、柔軟にコミュニケーションするのが難しいことが分かりました。そこで着目したのが、先輩社員が新入社員をサポートするメンター制度です。
佐々木 入社2〜3年目の先輩社員だと、新入社員と世代が近いので、円滑にコミュニケーションしながら、上司とのやり取りの橋渡しができます。かつてないほどジェネレーションギャップが大きい時代に、上司の側のマインドを変えるのは容易なことではありません。ツールの提供だけでは不十分で、仕組み面での工夫も必要だということです。
もちろんSkillBox自体も、若手世代にとっての使いやすさを意識して、UIを改善しました。彼らが日常的に使っているLINEとの連携を深めたのも、その延長線上にあります。
藤巻 ただ入社2〜3年目の先輩社員は、仕事に慣れてきて忙しくなる時期で、新入社員のサポートにまで手が回らないことがよくあります。こうした忙しい社員に、簡単で使いやすいコミュニケーションを提供することで、新入社員のケアの負担を軽減するのが、SkillBoxの意義です。
直感的な操作で新入社員と先輩のコミュニケーションを促進
中村 SkillBoxは、現状オフィスでの利用がメインとのことですが、最近は店舗スタッフの育成にも活用されていると伺いました。具体的にはどのように活用されているのでしょうか。
藤巻 例えば、ある美容クリニックでは、新人スタッフへの研修時に、先輩社員が3ヶ月間メンターとしてサポートしますが、その際の支援ツールとしてSkillBoxを活用しています。もともと新人には手書きの日報を書かせていましたが、SkillBoxを日報のデジタル化として活用したことで、見やすく、記入しやすくなり、コミュニケーションツールとしての使い方ができるようになりました。具体的には、研修期間中SkillBoxで、毎日終業時にその日の振り返りや努力したことを新人スタッフに記入してもらい、メンターがそれに対してリアクションする、という流れです。店舗スタッフも離職率が高いので、飲食・小売・美容業界など、店舗を展開する様々な業界から、SkillBoxへの問い合わせを頂いています。
中村 お客さまからの反応はいかがでしょうか。導入時に苦労などはありましたか。
藤巻 おかげさまで好評を頂いています。実際にお客さまに社内展開時の苦労について詳しくヒアリングしましたが、URLを共有して簡単に操作を説明しただけで、特に質問もなくスムーズに導入が進んだそうです。
佐々木 SkillBoxのUIは、なるべく少ない操作で、直感的に理解できることが特長です。我々のサービスは、あえてプラットフォーム化を目指さず、利用者と直接関わるシンプルなサービスを目指しています。シンプルだからこそ、組織への導入がスムーズに進みますし、その後の継続利用率も高めることができます。
ただし企業利用では、利用者を管理したり、データを可視化して分析する必要があります。そこで管理画面では、部単位・チーム単位・役職者の権限に合わせた閲覧範囲の限定などを、それぞれの組織に合わせて柔軟に設定できるようになっています。利用者同様、管理者側もシンプルなUIですが、開発するのはかなり大変でした。
中村 素晴らしいですね。やはりシンプルで使い勝手が良いUIは、プロダクトを組織に根付かせる上で大切ですね。そのほかUI・UX面でこだわっている点があれば教えてください。
佐々木 SkillBoxの利用者は若手社員なので、20代のユーザーに受け入れられやすいUIを目指しています。シンプルな操作性だけでなく、パステルカラーを取り入れるなど、愛着が湧きやすく、日常的なツールとして使われることを想定したデザインです。そういう意味では、LINEのUIデザインとも通じるところがあるので、LINEと連携する上での相性は良いと考えています。
ToBサービスだからこそ生きる LINE APIの魅力
中村 SkillBoxではLINE Messaging APIを利用していると聞きましたが、具体的にどのように活用していますか。またToB向けサービスにおける、LINE APIのメリットはなんでしょうか。
藤巻 記入依頼や回答依頼など、SkillBox上でメッセージが送られたときの通知先として、メールアドレスに加え、オプションとしてLINEアカウントへの通知もできるようになっています。
LINE Messaging APIを導入したのは、工場勤務の従業員など、従業員がメールアドレスを持たない職場でもSkillBoxを導入したいという相談を受けたことがきっかけです。先程の店舗での活用事例のように、今後、様々な業種で離職率を下げるために、従業員エンゲージメントを強化する必要性が増すと考えています。特にSkillBoxの活用範囲を、アルバイトのようなメールアドレスを持たない従業員がいる企業に広げる際に、LINE連携は大きな武器になると考えています。
佐々木 SkillboxはWebアプリのみを提供しています。というのもネイティブアプリは便利ですが、自分のスマホに業務用アプリをインストールするのは非常に敷居が高いからです。店舗のスタッフであればなおさらです。一方LINEは、既に多くの人のスマホにインストールされています。LINEと連携することで、ToBサービスにおいても、ネイティブアプリに近い使い勝手を、ユーザーのストレスなく実現できることに大きな可能性を感じました。
中村 確かに、ユーザーが最初に「ちょっと嫌だな」と思ってしまうと、その後サービスが使われなくなるので、ストレスをできるだけ減らすことが大切ですね。LINEを利用している企業からは、どんな反響がありましたか。
藤巻 実際にヒアリングしてみましたが、特に大きな反響はありませんでした。ただこれは、SkillBoxとLINEが自然に使われていて、ネガティブな声が出ていないということなので、我々としてはポジティブに捉えています。
中村 両方のサービスが、ユーザーの業務に自然に溶け込んでいるということですね。次に開発面について、LINE APIの導入にかかった期間や、導入にあたって苦労したことがあれば教えてください。
渡辺 正直、私自身はLINE APIで開発するのは初めてでしたが、とても簡単に導入できました。ドキュメントが充実していますし、サンプルコードの通りに開発すれば、ほぼ問題なく動作しました。APIの導入自体は、3日ほどで完了しましたが、SkillBoxシステムとの統合やユーザー情報の連携まで含めると、約2週間かかりました。
SlackやTeamsといった他のプラットフォームでは、連携の際、管理者とのやり取りやAPIキーの取得など、いろいろと作業が必要ですが、LINEの場合は既にスマホに入っているので、導入障壁がとても少なかったです。
中村 初めてにも関わらず、LINE APIをスムーズに導入できたと聞いて嬉しいです。機能追加や改善点など、LINE APIへのご要望はありますか。
藤巻 現状、LINEによる通知機能は有料オプションとして提供しています。というのも、リアクションのたびにメッセージを送るので、かなりの通数が必要となり、配信費用が嵩むからです。メッセージ料金がもう少し安くなると嬉しいです
佐々木 私が思うLINEの魅力は、利用者に楽しさが伝わる体験だと思うんです。例えば、春になると桜が舞い、クリスマスになると画面の雰囲気が変わるなど、LINEのUIは季節ごとに変化します。我々のサービスで、このような体験を個別に開発するのは非常に手間がかかります。そこでLINE APIで、このようなエンタメ体験をサービスの中で手軽に実装できるようにしてほしいです。
中村 ありがとうございます。ここでユーザー体験の強化につながる機能としてご紹介したいのが、LINEミニアプリです。具体的には、LIFF(LINE Frontend Framework)というプラットフォームを活用して、LINE公式アカウント内でWebアプリを実現することができます。現状では、通知メッセージを受け取ったユーザーは、一度SkillBoxのWebアプリに遷移する必要がありますが、LIFFを使うことで、LINE公式アカウント内で操作を完結できるようになります。スターバックスLINE公式アカウントのモバイルオーダーなど、さまざまな採用実績もあります。ぜひご検討ください
佐々木 確かに、LINE上で直接リアクションできるようになると、細かな体験の改善にも繋がりますね。今後の検討課題にしたいと思います。
LINE APIとAIがプロダクトの進化を加速する
中村 最後に、今後の展望についてお伺いします。SkillBoxの今後のサービス展開や、LINEを活用した新しい取り組みの構想があれば教えてください。
藤巻 SkillBoxの機能面では、AIの開発に取り組んでいます。先輩社員が忙しいと、コメントを書くことが負担になってしまいます。そこで、新入社員の状況に応じてコメントを提案してくれる機能を開発しています。既存のAIは答えを出すことが目的なので、「新入社員を励ます」という目的では、不自然な文章になりがちです。そこでこれまでに蓄積したデータを活用して、自社独自のAIを実装していきたいと考えています。
中村 データ活用の面でも素晴らしい取り組みですね。AI機能のリリースはいつ頃を予定していますか。
藤巻 ベータ版のリリースは7月を予定しています。その後、フィードバックを基にデータを追加し、必要な改善を進めていきます。実用レベルを達成するまで、随時リリースを繰り返す予定です。
佐々木 ビジネス面では、店舗を皮切りに、サービス業へのSkillBox導入に力を入れます。例えば飲食業などでは、コロナ禍が落ち着き、インバウンド需要により業績が大きく伸びていますが、人手不足の問題も深刻化しています。サービス業は離職率が高く採用数も多いので、SkillBoxのメリットをより享受してもらえるのではないかと考えています。市場規模が大きいので、もちろんSkillBox自体のシェア拡大も目指します。
特にサービス業では、若者の活躍が不可欠です。その若者の日常生活と親和性が高いLINEと連携することは、私たちのSkillBoxをサービス業に普及させるための、大きな武器になるでしょう。
中村 今後のSkillBoxの発展に、LINEがお役に立てれば嬉しいです。本日はありがとうございました。
(取材日: 2024年5月: 取材/中村 宗樹, 鍋島理人, サポート/大場沙里奈, 鈴木敦史)